研究成果

ヤギ糞便中DNAの定量解析による消化管寄生線虫の感染評価  ~持続可能な畜産に向けて―DNAによる寄生虫感染の見える化~ 目標2:飢餓をゼロ目標3:すべての人に健康と福祉を目標12:つくる責任 つかう責任目標15:陸の豊かさも守ろう

     琉球大学研究基盤統括センター 青山 洋昭 特命講師と農学部 波平 知之准教授らの研究チームによる研究成果が、家畜の健康?生産に関する国際的な学術雑誌「Tropical Animal Health and Production」誌に掲載されます。

    <発表のポイント>
     ヤギは熱帯や亜熱帯地域で重要な家畜ですが、消化管内寄生虫(線虫)に感染すると健康が損なわれ、生産性が低下します。本研究では、ヤギの糞に含まれるDNAを材料に、2種類の寄生虫の検出と感染量の測定が可能かを検討しました。サンプル中にどれだけ特定の遺伝子が存在するかを測定できる「絶対定量PCR(qPCR)法」でDNA量を測定したところ、従来の顕微鏡検査で用いられてきた糞中の寄生虫卵数(EPG)とDNA量との間に強い相関が認められ、DNA量からも感染の程度を推定できることが示されました。この方法は、現場レベルで迅速に寄生虫感染を診断できる新たな手段の開発に向けて有用な知見を提供します。

    <発表概要>
     琉球大学の青山 洋昭 特命講師(研究基盤統括センター)、波平 知之 准教授(農学部)、屋良 朝宣マネージャー(総合技術部)の研究グループは、ヤギの糞便から寄生虫のDNAを直接検出?定量し、2種類の寄生虫の検出と感染量の測定が可能な手法を開発しました。
     本手法は、従来1週間程度かかっていた正確な寄生虫同定をわずか1日で完了できるもので、家畜衛生管理や薬剤耐性問題への新たな貢献が期待されます。

    ■ 背景:熱帯家畜の「見えない感染」をどう診るか 
     ヤギは熱帯?亜熱帯地域で重要な家畜であり、肉や乳の供給源として地域社会の食料生産を支えています。しかし、これらの地域では消化管内寄生線虫(GIN:Gastrointestinal Nematodes)(注1)による感染が頻発し、貧血や下痢、成長不良などを引き起こして生産性を著しく低下させています。
     特に「捻転胃虫(Haemonchus contortus)」(注2)と「蛇状毛様線虫(Trichostrongylus colubriformis)」(注3)の2種は、代表的な寄生虫として知られています。前者は胃に寄生して血液を吸うため重度の貧血を、後者は小腸に寄生して慢性下痢を引き起こします。これらはしばしば混合感染(注4)するため、どの寄生虫がどの程度感染しているかを正確に把握することが、治療と管理の鍵となります。
     従来の診断法では、1グラムの糞便中に含まれる寄生虫の卵の数(EPG:Eggs Per Gram)(注5)を顕微鏡下で数える「マクマスター法」(注6)が一般的に用いられています(図1、矢印で示した多数見られる楕円形のものが卵)。しかし、寄生虫の卵は種が違っても形が似ているため、正確に区別するには幼虫まで培養してから同定する必要があり、1週間程度の時間と熟練した技術が必要でした。そのため、畜産の現場で迅速に感染状況を把握することは難しいという課題がありました。
    図1. ヤギの糞に含まれる寄生虫卵

    ?■ 研究の内容:DNAから寄生虫を“数える”
     研究チームは、琉球大学亜熱帯フィールド科学教育研究センターで飼育されているヤギの糞便を対象に、寄生虫のDNAを直接解析しました。
     まず、単一の虫卵から直接DNAを抽出し、遺伝子配列を調べることで、1個の卵から寄生虫の種を同定することに成功しました。
     次に、寄生虫のDNA量を正確に測定できる「絶対定量PCR(qPCR)法」(注7)を用いて、糞便中に含まれるDNAコピー数(対象生物の存在量を反映することが他種の生物で確認されている)を算出しました。その数値と従来の虫卵数(EPG)との関係を統計的に検証したところ、両者には強い正の相関(相関係数0.85)(注8)が認められました(図2)。これは、糞便中のDNA量からも寄生虫感染の程度を推定できることを示しています。
     さらに、qPCR法により2種類の寄生虫DNAをそれぞれ測定することで、混合感染における感染比率も定量的に把握できることが分かりました。本手法は全工程が1日以内に完了し、従来の培養法に比べて大幅な時間短縮が可能です。

    図2. DNAコピー数とEPGの相関分析

    ■ 成果の意義:迅速?高精度?客観的な寄生虫診断への貢献
     この研究の最大の成果は、従来の「顕微鏡観察」や「培養」に頼らず、DNA情報に基づいて「どんな種類の寄生虫が(種判別)、どのくらいの量感染しているか(定量化)」を明らかにできたことです。さらに、糞便中の虫卵が少ない初期段階でも寄生虫由来のDNAを検出できる可能性が示され、技術をさらに改良していくことによって感染の早期発見にもつながることが期待されます。
     寄生虫の種類と感染程度を数値として把握できれば、治療の要否や薬剤の種類をより的確に判断できます。これにより、駆虫薬の過剰使用を防ぎ、薬剤耐性(耐虫薬耐性)問題の抑制にも寄与します。そのため、薬剤耐性が深刻化している発展途上地域の畜産現場において、持続可能な家畜管理を実現するための基盤技術としても期待されます。

    ■ 今後の展望:現場で使えるDNA診断キットの開発
     本研究で用いた手法は、現時点では専用の実験設備を要しますが、近年では携帯型qPCR装置や簡便なDNA抽出キットなど、フィールドで使える技術が急速に進化しています。これらを応用することで、今後は現場レベルで迅速に寄生虫感染を診断できる簡易システムの開発が見込まれます。
     さらに、今回の研究で得られた知見や技術を、血液データや臨床症状と組み合わせることで、感染リスク予測モデルやAIによる自動判定システムの開発への応用も期待されます。

    <用語解説>
    (注1)消化管内寄生線虫:

    ウシやヒツジ、ヤギなどの家畜の胃や腸に寄生する小さな寄生虫(線虫)の総称です。体内の栄養を吸収して成長するため、感染すると貧血や下痢、体重減少などを引き起こし、生産性を下げます。
    (注2)捻転胃虫:
    ヤギやヒツジの胃(第四胃)に寄生する血を吸う線虫です。多数寄生すると重度の貧血を起こし、放置すると命に関わることもあります。世界中の小型反芻家畜で問題となっています。
    (注3)蛇状毛様線虫:
    小腸に寄生する線虫で、感染すると下痢や栄養吸収の低下を引き起こします。軽度の感染では症状が分かりにくいこともありますが、長期的には成長や健康に悪影響を及ぼします。
    (注4)混合感染:
    複数の種類の寄生虫が同時に一頭の動物に感染している状態を指します。寄生虫の種類によって症状や治療法が異なるため、混合感染の把握は正確な診断や治療のために重要です。
    (注5)EPG:
    糞便1グラムあたりに含まれる寄生虫の卵の数を示す指標です。感染の強さ(寄生虫の数)を推定するために使われます。値が大きいほど寄生虫感染が重いと判断されます。
    (注6)マクマスター法:
    糞便を一定量の浮遊液に混ぜ、特殊なカウントチャンバーを用いて卵数を顕微鏡で数える寄生虫診断法です。比較的簡単で広く使われていますが、卵の種類の区別は難しいという課題があります。
    (注7)絶対定量PCR法:
    DNAを増幅してその量を正確に測定する分子生物学的手法の一つです。サンプル中にどれだけ特定の遺伝子が存在するかを数値(DNAコピー数)として求めることができます。
    (注8)強い正の相関:
    2つの数値の間で、一方が増えるともう一方も増える傾向が強く見られる関係のことです。たとえば「DNA量が多いほど虫卵数が多い」といった対応関係を示します。

    <論文情報>
    (1)??? Detection and quantification of species-specific gastrointestinal nematode DNA in goat feces using quantitative PCR
        (定量PCRを用いたヤギ糞中の種特異的消化管線虫DNAの検出および定量)
    (2)??? Tropical Animal Health and Production
    (3)??? Hiroaki Aoyama*, Tomonori Yara, Tomoyuki Namihira*
    (4)??? DOI : 10.1007/s11250-025-04762-4
    (5)??? アブストラクトURL:https://link.springer.com/article/10.1007/s11250-025-04762-4