研究成果

世界的に珍しいハエの、誰も見たことがなかった繁殖行動 地域住民の協力で明らかに 目標4:質の高い教育をみんなに目標14:海の豊かさを守ろう目標15:陸の豊かさも守ろう

     琉球大学熱帯生物圏研究センター西表研究施設の和智 仲是(わち なかただ)助教と西表島?上原在住の吉田 洋介氏による研究チームは、世界でも八重山諸島と台湾だけに分布する珍しいハエ「ムシヒキアブモドキ」の近年の標本を伴った確実な記録を報告しました。さらに、これまで誰も見たことがなかった交尾行動や産卵と思われる行動を、はじめて写真で記録しました。

     ムシヒキアブモドキ科のハエは、世界の乾燥地帯を中心に分布しており、特にアフリカ南部で種類が多いとされています。どの種も非常に稀で、成虫や幼虫の生態はほとんど分かっていません。特に東アジアでは記録が少なく、日本では台湾と八重山諸島に分布するムシヒキアブモドキの1種だけが知られるのみで、この地域における生態や分布の実態は未解明のままでした。これまで写真で紹介されることはあったものの、標本を伴った確実な記録はほとんどなく、古い図鑑には「世界的に珍しい種」と記され、最近の子ども向け図鑑でも「採集例が少なく生態はほとんど不明」とされるほどでした。

     今回、吉田氏が2025年6月に市民科学プラットフォーム iNaturalist に投稿した交尾中の個体の写真をきっかけに研究チームが結成され、西表島北部の海岸林で観察を開始しました。その結果、成虫の出現だけでなく交尾や産卵と思われる行動も確認され、これまで知られていなかった繁殖行動の記録が得られました。今回の成果は、ムシヒキアブモドキのような、ごく稀な昆虫の新しい個体群や行動の記録に、市民科学の観察が大きく貢献できることを示す一例です。それだけでなく、一見ただのハエのような、この珍しいハエの生態や保全への理解をさらに深めることにつながります。

     本成果は、2025年11月5日付で、生物の分布情報を専門に扱う国際学術誌 Check List に掲載されました。

     

    <発表概要>
     ムシヒキアブモドキ科(Mydidae)のハエは、世界の乾燥地帯を中心に分布しており、特にアフリカ南部で種類が多いとされています。ムシヒキアブモドキの仲間の中には「世界で最大級のハエ」と呼ばれる有名な種(文献1)がいくつかいますが、全体的に非常に稀で、成虫や幼虫の生態はほとんど分かっていません。特に東アジアからの記録は少なく、この地域での生態や分布はほとんど未解明でした。

     日本では、世界でも台湾と八重山諸島だけに分布するムシヒキアブモドキ Nemomydas gruenbergi (Hermann, 1914) の1種のみが知られています(文献2)。1914年に台湾産の個体をもとに新種として記載され、日本では1985年に石垣島と西表島から初めて記録(文献2)されました。これまでインターネットや図鑑に掲載される写真はあるものの、標本を伴った記録はとても少ない状況で、調べた限りでは初記録以降は2008年の記録(文献3)が唯一のものでした。実際、古い図鑑(文献4)には「世界的に珍種なり」とあり、最近の子ども向け図鑑(文献5)でも「採集例が少なく、生態などは何も分かっていません」と記されています。

     このように非常に稀な昆虫とされてきたムシヒキアブモドキですが、西表島?上原在住の吉田氏が2025年6月に市民科学プラットフォーム iNaturalist にたまたま投稿した交尾中の個体の写真(文献6)が研究者を驚かせることになりました。「これまで誰も見たことがない行動なのでは?」と投稿を見た和智助教が吉田氏に連絡を取って研究チームを結成し、共同で観察を続けた結果、西表島北部のトゥドゥマリの浜近くの海岸林で本種の成虫を多数確認しました。交尾行動を複数回、確認しただけでなく、これまで知られていなかった産卵と思われる行動(注1)をも確認できました。
     
     今回の報告は、ムシヒキアブモドキのように稀で研究者でも簡単に見つけられない昆虫については、科学研究に一般の人たちが参加する「市民科学」による観察が非常に重要であることも示しています。今後も科学や研究を専門としていない人たちの協力によって新たな個体群の発見や行動記録が蓄積されれば、一見ただのハエのような、この世界的にも稀なハエの生態や保全に関する理解がさらに進むと考えられます。

    (注1)?? 卵自体は未確認ですが、他のムシヒキアブモドキ科のハエの行動(文献7)とよく一致しているため、産卵行動と判断しました。


    図1. 西表島?トゥドゥマリの浜で観察されたムシヒキアブモドキの交尾(左?吉田洋介撮影)と産卵と思われる行動(右?和智仲是撮影)

    <今後の展望> 
     今回の観察では、ムシヒキアブモドキの成虫は主に夏に出現し、交尾や産卵行動も同時に確認されました。これは、東アジアのムシヒキアブモドキ科の繁殖生態に関する数少ない詳細な記録の一つです。一般にこの仲間の成虫は寿命が短い(文献1)ため、本種も出現期間が限られていると考えられます。
     成虫は海岸近くの林縁など、比較的開けた場所で観察され、過去の八重山や台湾での記録も同様に海に近い環境で得られています。ムシヒキアブモドキはこのような海岸環境を好む可能性があります。さらにこれまでの記録も今回の観察でも雄が多く、雌は少なかったことから、雌雄で微妙に好む環境が異なる可能性も示唆されました。   
     幼虫期の生態はまだ分かっていませんが、同じムシヒキアブモドキ科のハエでは砂地や倒木などで他の昆虫の幼虫を捕食することが知られています(文献8)。ムシヒキアブモドキも同様の環境を利用している可能性があり、今回の観察地では産卵と思われる行動が複数回確認されたことから、幼虫も時期が合えば見つけられると期待しています。
     日本では自然度の高い海岸環境が減少しており、同様の環境に依存するハエ類は局地的な分布を示すことが多いようです。ムシヒキアブモドキもまた、八重山諸島における海岸生態系の環境の指標種となる可能性があるのではないかと考えています。

    <参考文献>
    1)?? Calhau JC, Lamas CJE, Nihei S (2015) Review of the Gauromydas giant flies (Insecta, Diptera, Mydidae), with descriptions of two new species from Central and South America. Zootaxa 4048(3): 392–411. [Owen J (2015) 世界最大級のハエの新種、2種を同時に発見, 日経ナショナルジオグラフィック, https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/121500365/ ]
    2)?? Nagatomi A, Tawaki K (1985) Nemomydas, new to the Oriental region (Diptera, Mydidae). Memoirs of the Kagoshima University Research Center for the South Pacific 6(1): 114–129.
    3)?? 杉本 武 (2014) 八重山諸島のムシヒキアブモドキとツリアブモドキの記録 はなあぶ 37: 31.
    4)?? 素木得一 (1932) むしひきあぶもどき. In: 内田清之助ら, 日本昆蟲圖鑑. 北隆館, 144.
    5)?? 山内健生 (2022) ムシヒキアブモドキ. In: 丸山宗利ら, 学研図鑑LIVE, 新版昆虫. 学研プラス, 253.
    6)?? Yoshida Y (2025) Observation on iNaturalist, https://www.inaturalist.org/observations/291120186. Accessed on: 2025-7-29
    7)?? Ferguson DJ, Yeates DK (2019) Immature stages of two Australian mydas flies (Diptera: Mydidae) of the genera Diochlistus and Miltinus. Austral Entomology 58: 409–417.
    8)?? Wilcox J (1981) Mydidae. In: McAlpine JF, Peterson BV, Shewell GE, Teskey HJ, Vockeroth JR, Wood DM (Eds) Manual of Nearctic Diptera. Volume 1. Research Branch, Agriculture Canada Research Branch, Monograph, 27. Minister of Supply and Services Canada, Quebec, Canada, 533–540.

    <論文情報>
    (1)???????? 論文名:Recent additional records of the little-known mydas fly, Nemomydas gruenbergi (Hermann, 1914) (Diptera, Mydidae) from Iriomote Island, southern Japan, with the first documentation of mating and oviposition
    (2)???????? 雑誌名:Check List 21 (6): 1067–1073
    (3)???????? 著者名:Nakatada Wachi*, Yosuke Yoshida
    *: 責任著者
    (4)???????? URL: https://checklist.pensoft.net/article/173123/
    (5)???????? DOI: https://doi.org/10.15560/21.6.1067