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  日本の南大東島沖?水深843メートルで、吸盤のような器官でカイメンに付着して生きる新種のゴカイ 「キュウバンフサゴカイ」(Lanice spongicola sp. nov.)を発見しました。  | 
<研究概要>
 名古屋大学大学院理学研究科附属臨海実験所の自見直人講師らの研究チームは、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、産業技術総合研究所および琉球大学との共同調査において、南大東島沖の深海(水深843メートル)で、カイメンに付着して生活する新種のゴカイを発見しました。本種は「キュウバンフサゴカイ Lanice spongicola sp. nov.」と命名されました。
 本種は、一般的に堆積物中に巣を作って暮らすフサゴカイ類の中で、例外的に“堆積物のない環境”に進出した種です。体の前方(第2?第6体節)に発達する吸盤状の構造を用いて、ガラス質のカイメン「スギノキカイメン」の表面にしっかりと張り付き、そこで管状の巣を形成して暮らしています。
 この吸盤のような器官は、フサゴカイ類ではこれまで知られていない新しい付着適応形質であり、進化の結果強い海流と岩盤のみの深海海山(かいざん)注1)環境という厳しい条件下で生活することができるようになったと考えられます。
 この発見は、泥や砂に頼って生きるとされてきたフサゴカイ類において、新しい構造(吸盤)が進化によって獲得されることで、他生物との共生関係を築き、堆積物のない環境に適応していったことを示すものです。また、こうした“形態の革新”が、生物の多様化を生み出す過程を理解するうえで、重要な研究材料となります。
 本研究成果は、2025年11月3日19時(日本時間)付Nature & Springer Publishingが発行する国際査読付き雑誌「Scientific Reports」に掲載されます。

<研究背景> 
 地球の表面の約7割を覆う海のうち、実にその9割以上は深海です。しかし深海は高い水圧?暗闇?低温という過酷な環境のため、人類が直接観察できる機会は限られてきました。とくに、岩場ばかりで堆積物(砂や泥)がほとんどない海山環境では、従来の底引き網やドレッジ(掘削器具)による採集が難しく、どのような生物が暮らしているのか、ほとんど分かっていませんでした。
 ゴカイの仲間(多毛類)は、海底の泥や砂にトンネル状の巣を作って生活するものが多いです。堆積物がなければ巣を作れず、エサも乏しいため、岩盤ばかりの環境では生きていけないと考えられていました。ところが近年、遠隔操作型無人探査機(ROV)や有人潜水調査船を用いた調査によって、堆積物の少ない海底にも意外なほど多様な生物が生息していることが明らかになってきました。
 今回の調査海域である南大東島沖(沖縄島東方)は、かつてのサンゴ礁が沈降してできたカルスト地形の深海環境です。ここでは、海底が急な崖のようになっており、砂や泥は流れ落ちてしまうため、堆積物がほとんど残りません。代わりに、ガラスのような骨格をもつガラス海綿(スギノキカイメン)が、樹木のように立ち上がって生えています。そのカイメンの表面を注意深く観察すると、カイメンに張り付いて巣をつくるゴカイが見つかりました。それが、今回発見された新種「キュウバンフサゴカイ(Lanice spongicola )」です。
 本種は、体の腹側に吸盤のような構造をもち、この器官を使ってカイメンにしっかりと吸い付いて巣をつくりながら暮らしています。通常のフサゴカイ類が泥の中で巣を作るのに対し、本種は「カイメンに張り付き、堆積物のない環境に適応した」極めて特異な生き方をしており、堆積物への依存を捨てた新しい生活様式への進化を示す、貴重な例となりました。また、スギノキカイメン類の同個体からは新種の紐形動物「ダイトウキノボリヒモムシ」も見つかっており(Hookabe et al. 2025)、岩盤環境における固着動物共生性の進化を示唆する興味深い発見となりました。
<成果の意義> 
1. 泥に頼らないフサゴカイー深海海山環境での新しい生き方
 これまでフサゴカイ類は主に「砂や泥の中に住む生き物」と考えられてきました。
しかしキュウバンフサゴカイは、体の一部を吸盤のように変化させることで、岩の上で育つカイメン(海綿動物)に張り付いて巣をつくるという全く新しい生活スタイルを獲得しています。これは、従来の生息環境の制約を乗り越えて、新たな場所に進出した進化的転換点と言えます。
2. 共生が生み出す形の進化
 キュウバンフサゴカイは、ガラス海綿に付着して生活しており、高い宿主特異性(特定の相手にしかつかない性質)を示します。この関係は、単なる付着ではなく、“共生”によって新しい形(吸盤)が進化した可能性を示唆しています。つまり本研究は、共生が生物の形を変え、多様な進化を生み出すという普遍的な法則を深海海山の生物でも示したものです。
3. 現場観察のもたらす生態情報
 この発見は、JAMSTECの海底広域研究船「かいめい」とROV(遠隔操作型無人探査機)による観察で得られました。ROVを用いることで、これまで網では採れなかった急斜面の岩場や海綿の上など、微小な環境を“そのまま観察 (in situ observation)”できるようになりました。これにより、岩盤に覆われた海山環境が決して生命の乏しい世界ではなく、独自の仕組みで生物が適応している豊かな生態系であることが次第に見えてきています。
 深海には、まだ名前も知られていない生き物が無数にいます。今回の発見は、「未知の生物が、思いもよらない方法であらゆる環境に生きている」ということを教えてくれる好例です。そして、それを明らかにするためには、“現場で見て、考える”探査研究が欠かせないということを改めて示しています。
 本研究は、オーシャンショット研究助成事業の助成を受けたD-ARK (Deep-sea Archaic Refugia in Karst) projectで遂行されたものです。オーシャンショット研究助成事業は日本財団の助成を受けて笹川平和財団海洋政策研究所によって実施されています。

<用語説明>
注1)海山:海山とは、海底から山のように盛り上がった地形のことを指します。もともとは火山活動によって形成されたもので、高さが数千メートルに達するものもあります。海山の周囲では海流がぶつかり合い、上昇流(栄養塩を運ぶ流れ)が発生するため、プランクトンや底生生物が集まりやすく、深海の中でも特に生物多様性が高い場所として知られています。また、急峻な地形のため堆積物がたまりにくく、岩盤や海綿などの硬い基質に付着して生きる生物が多く見られます。
<論文情報>
(1)雑誌名:Scientific Reports
(2)論文タイトル:New deep sea terebellid polychaete with sucker like ventral pads adapted to a sediment free environment
(3)著者:Naoto Jimi, Geminne G. Manzano, Natsumi Hookabe, Hiroki Kise, James Davis Reimer, Sau Pinn Woo, Yoshihiro Fujiwara
(4)DOI: 10.1038/s41598-025-23333-z