研究成果

大東諸島の深海洞窟で翡翠色のヤセムツ科魚類を初発見 ~3台の無人探査機(ROV)を駆使した深海カルストの生物相調査(D-Ark)~ 目標14:海の豊かさを守ろう

     琉球大学理学部 小枝助教らの研究チームによる研究成果が、動物学の学術雑誌「Zookeys」誌に掲載されました。

    <発表のポイント>
    • 海洋研究開発機構(JAMSTEC)が琉球大学を含む4機関と合同で実施するD-Arkプロジェクトの調査航海にて、南?北大東島周辺の深海から、これまで日本からは未発見であったヤセムツ科魚類Epigonus glossodontusを多数発見しました。
    • この魚は水深340–588 mの深海において、主に“ほら穴”やその周囲に生息しており、体色は鮮やかな翡翠色であることが明らかになりました。これらの特徴から、本種の標準和名として「ホラアナヒスイヤセムツ」を提唱しました。
    • 大きさや装備が異なる3台の無人探査機を駆使し、これまで調査が困難であった深海にある洞窟とその周囲を詳しく調査しました。深海洞窟からは今後も新種や未記録種の発見が続くと期待されます。

    <発表概要>

     琉球大学、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、株式会社FullDepth、いであ株式会社、新江ノ島水族館の研究者を中心とする研究グループが、笹川平和財団による研究助成プログラム「オーシャンショット」採択課題である「Deep-Sea Archaic Refugia in Karst(D-ARK)」に関する調査を実施しました。本課題は深海鍾乳洞の生物多様性の解明とそのための探査技術の開発を目的とした約3年間の研究プロジェクトで、初年度である2024年4月から5月に海洋研究開発機構の海底広域研究船「かいめい」による、大東諸島周辺での深海調査が実施されました。この調査において、これまで日本近海から見つかっていなかったヤセムツ科魚類Epigonus glossodontusを多数発見?採集しました。この種はこれまでハワイで数個体が採集されたことがあるのみの稀種でしたが、今回実施した北大東島?南大東島周辺での無人探査機(ROV)を用いた調査では計44時間の海底観察中に122個体以上が確認され、特に水深340–588メートルの深海において、島の壁面にある“ほら穴”やその周囲で数個体~十数個体の群れをつくっている姿もみられました。さらに生きているときの体色は翡翠色であることが本研究で初めて明らかになりました。この魚には未だ日本語の名称(標準和名)がなかったため、調査航海中に乗船した研究者や乗組員から和名案を募り、観察された特徴から「ホラアナヒスイヤセムツ」を標準和名として提唱しました。この成果は、国立科学博物館、JAMSTEC、株式会社FullDepthと琉球大学の共同で発表され、アクセスの難しさ故に調査が進んでこなかった深海の洞窟の生物相について、重要な構成種のひとつを明らかにした成果といえます。本研究は(公財)笹川平和財団オーシャンショット助成事業のもとに実施されました。

    <研究の背景>

     北大東島と南大東島の周囲の海底地形は極めて急峻で、水面から水深2,000 m以上の深海まで急斜面が続いています。この2島は海底火山の噴火により誕生したのち、継続的にサンゴ類が固着?堆積することで、主に石灰岩(炭酸塩岩)からなる地質となったと考えられています。石灰岩地帯(カルスト)は河川水や地下水などによって溶解?浸食されやすいため、北大東島?南大東島の陸域には多数の洞窟や陥没、亀裂が存在しています。陸上のみならず、現在は海没している島の壁面にもそのようなカルスト地形が発達していると予想されていましたが、過去に有人潜水調査船や無人探査機を用いた調査は実施されておらず、本格的な海底地質に関する記録はありませんでした。
     洞窟は外界から半ば隔絶された環境であるため、浅い海において独特な生物相がみられることが多くあります。深海にカルスト地形に由来する洞窟(深海洞窟)があれば同様に独自の生物相を擁していると予想されるものの、極めてアクセスが難しいために詳細な生物相*1の解明は進んでいません。
     そこで、大東諸島周辺の深海域に形成されたカルスト地形(以後「深海カルスト」と呼びます)における生物相の解明を目的として、琉球大学、JAMSTEC、(株)FullDepth、いであ株式会社、新江ノ島水族館の研究者からなるチームにより、北大東島?南大東島の周辺において2024年4月から5月にかけてJAMSTECの海底広域研究船「かいめい」による調査航海で3台の無人探査機(ROV)を駆使した深海カルストにおける生物調査が実施されました。3台の無人探査機はそれぞれ異なる役割をもっています。とりわけ今回の調査では、1台の大型ROVを洞窟の入り口付近に近づけたのち、そこから小型のROVを発進させて洞窟内部で探査や採集をおこなう手法に挑戦しました。

    <研究内容>

     本研究では無人探査機「KM-ROV」および「クラムボン」(共にJAMSTEC所有)ならびに「TripodFinder2」(株式会社FullDepth所有)を用いて、北大東島?南大東島周辺で計44時間にわたる海底観察調査を行いました。
     調査の結果、これまで日本近海から記録のなかったヤセムツ科魚類Epigonus glossodontus Gon, 1985が多数発見されました(図1)。この種はハワイで少数個体が採集されたことがあるのみの稀種でしたが、今回の調査では計44時間の観察中に122個体以上の生息が確認でき、そのうち7個体が標本として採集されました。また、このなかの1個体は大型ROVから発進した小型ROVにより洞窟内部から得られています。本種は、調査した水深284–1009 mのうちの340–588 mの範囲で確認され,特に洞窟の内部や、岩にできた亀裂や小孔、またそれらの周囲において、数匹~十数個体で群れている姿がみられました。したがって本種は深海において“ほら穴”のような隠れ家が数多くある環境を選好していると考えられます。生時の体色は鮮やかな翡翠色であり(図1a)、標本にすると暗褐色へ退色することも本研究により新たに判明しました(図1b)。この魚には未だ日本語の名称(標準和名)がなかったため、調査航海中に乗船した研究者や乗組員から和名案を募り、観察された特徴から「ホラアナヒスイヤセムツ」を標準和名として提唱しました。今回の調査で確認された底生性魚類のうち最も個体数が多かったのは本種であったことから、大東諸島周辺の深海カルスト環境を代表する魚類であることが分かるとともに、これだけ代表的な種でさえ採集や観察例がなかったことはこの環境での調査がいかに未発展かを浮き彫りにした成果といえます。
     なお、本プロジェクトの概要や成果の一部は、新江ノ島水族館で開催されている企画展「えのすいの深海展 -ディープ度 200%-」にて展示紹介されています。当企画展は4月6日まで開催される予定です。

    <今後への期待>

     今回の研究では大きさや装備が異なる3台のROVを使い分けることで、深海にある洞窟の入り口付近や岩の亀裂などの、通常の調査ではアクセスが困難な環境を詳しく調べることができました(図3)。今回の調査は深海洞窟調査の玄関口に過ぎず、来年度以降さらに調査機材の開発が進むことで、深海洞窟の奥深くまで調査の光をあてることができ、誰もが驚くような生物の発見が期待されます。
     今回、北大東島?南大東島周辺の海底には調査前に予想されたように大小の“ほら穴”や“大規模な洞窟”が多数存在すると確認されたことから、そのような環境を選好する様々な生物が今後も発見されると予想され、その中には新種や初発見の種も数多く含まれていると期待されます。さらに調査を続けることで、大東諸島の深海にみられるような深海カルストは独特の生物相を擁していることが解明できると期待されます。


    図1 本研究で初めて日本から記録されたホラアナヒスイヤセムツEpigonus glossodontus。aは南大東島沖の水深398 mで撮影。bは採集した標本の写真。CC BY 4.0に基づき論文より引用。


    図2 ホラアナヒスイヤセムツの生息環境。黄色の矢印は本種を指す。a、bは北大東島沖、水深343 m。cは南大東島沖、水深398 m。CC BY 4.0に基づき論文より引用。


    図3 南大東島で発見された大規模な洞窟の内部の調査に向かう無人探査機「TripodFinder2」。この洞窟でもホラアナヒスイヤセムツの生息が確認された。


    図4 深海洞窟で新種を発見する調査プロジェクト D-ARKのプロジェクトロゴ。プロジェクトの詳細については下記リンク先も参照のこと。
     D-ARK 研究概要
    ? https://www.jamstec.go.jp/dark/j/overview/

    <謝辞>

    ? 本研究は(公財)笹川平和財団オーシャンショット助成事業のもとに実施されました。

    <用語解説>

    *1 生物相:その地域に生息する生物の種類構成。すなわち、どのような生物がどのくらい存在しているかのこと。

    <論文情報>
    1. 論文タイトル:First northwestern Pacific records of the deep-sea cardinalfish Epigonus glossodontus (Teleostei, Epigonidae) from the Daito Islands, Japan
      (大東諸島から得られた、ヤセムツ科魚類Epigonus glossodontusの北西太平洋初記録)
    2. 雑誌名:Zookeys
    3. 著者:Mao Sato*, Shohei Ito, Yoshihiro Fujiwara, Keita Koeda
    4. DOI番号:10.3897/zookeys.1231.136445
    5. アブストラクトURL:https://doi.org/10.3897/zookeys.1231.136445