琉球大学理学部海洋自然科学科生物系小林峻助教らの研究チームによる研究成果が、日本哺乳類学会の英文誌「Mammal Study」オンライン版に掲載されました。 |
<発表のポイント>
- 琉球大学理学部の小林峻助教、医学部の佐藤行人准教授、伊澤雅子名誉教授(現、北九州市立自然史?歴史博物館館長)が、中琉球固有種であるケナガネズミの沖縄島北部個体群の食性を明らかにしました。
- 本研究では、近年食性解析に用いられるようになってきたDNAメタバーコーディング法により、胃内容物を分析しました。本種は植物を中心に動物も採食する雑食性であることが知られていましたが、本研究で少なくとも植物63種、動物36種の餌種を同定しました。その結果、先行研究の結果も合わせると、本種の餌メニューは植物84種、動物46種となり、幅広い食性を示すことが明らかとなりました。
- 本研究の成果は、日本の在来ネズミ類の中で最大のケナガネズミが、小島嶼で生き延びることができた要因の解明につながることが期待できます。また、食性の解明は希少種の保全において最も重要な要素の1つです。ケナガネズミが多様な食性であることは、生息地において多様な動植物相が維持されている必要があることを示唆しています。
<概要>
琉球大学理学部の小林峻助教、医学部の佐藤行人准教授、伊澤雅子名誉教授(現、北九州市立自然史?歴史博物館館長)が、中琉球固有種であるケナガネズミの沖縄島北部個体群の食性を明らかにしました。本研究では、近年食性解析に用いられるようになってきたDNAメタバーコーディング法により、胃内容物を分析しました。本種は植物を中心に動物も採食する雑食性であることが知られていましたが、本研究で少なくとも植物63種、動物36種の餌種を同定しました。その結果、先行研究の結果も合わせると、本種の餌メニューは植物84種、動物46種となり、改めて幅広い食性を示すことが明らかとなりました。本研究の成果は、日本の在来ネズミ類の中で最大のケナガネズミが、小島嶼で生き延びることができた要因の解明につながることが期待できます。また、食性の解明は希少種の保全において最も重要な要素の1つです。ケナガネズミの食性の幅が広いことは、生息地において多様な動植物相が維持されている必要があることを示唆しています。
背景
食性の解明は、その動物の生態を理解する上でも、進化や適応の過程を知る上で最も重要な要素の1つです。特に琉球諸島の固有種は特異な地史に基づく島嶼への様々な適応をしてきたことも指摘されています。ケナガネズミDiplothrix legataは、沖縄島、徳之島、奄美大島のみに分布する中琉球(*2)の固有種で、日本では最大のネズミです。夜行性かつ樹上性であり、これまでは道路に出てきた個体や道路沿いの樹上にいる個体の観察を中心に本種の餌種の特定が行われてきましたが、森林に生息する本種の本来の食性を明らかにするためには、この方法では限界がありました。また、雌雄や齢(幼獣や成獣)による違いなどを検討した研究は行われていませんでした。そこで、本研究では雌雄や齢も考慮して、本種の餌種を解明することを目的としました。また、食性は希少種の域内保全においても必須の情報です。国指定天然記念物であるとともに、国内希少野生動植物種にも指定されているケナガネズミは、2021年に世界自然遺産(*1)に指定された、中琉球に固有の種としてその保全も求められています。
研究内容
本研究には、2009年から2019年に沖縄島北部地域において交通事故や外来種等に捕食されて死亡した計62個体分の胃内容物を用いました。多くの個体が死亡していることも大きな問題ですが、これらの個体を用いることでそれぞれの食性を雌雄や性別に分けて解析することが可能でした。なお、本研究に用いた個体情報および胃内容物サンプルは全て環境省やんばる自然保護官事務所から提供していただいたものです。
本研究では、餌種の同定にDNAメタバーコーディング法を適用しました。この方法では、胃内容物からDNAを抽出し、その特定の領域の塩基配列を決定して、データベース上の既知の塩基配列と比較することによって、餌種を同定します。本種の餌は植物の果実や種子が中心であるとされていましたが、動物も採食することが知られていたため、本研究では動物も植物も解析対象とし、餌種を同定しました。
その結果、本研究で少なくとも動物36種、植物63種の餌種を検出することができました。先行研究で観察されていた餌種を加えると、動物46種、植物84種が記録されたことになり、ケナガネズミは非常に多様な餌種を採食していることがわかりました。植物が多く出現しましたが、動物も予想より多く出現しました。植物ではイヌビワ、シラタマカズラ、イジュ、スダジイなどが多く出現し、動物ではヤマナメクジの一種、ゾウムシの仲間、ガの仲間の出現が多いという結果となりました。また、雌雄や齢については、サンプル数が少なかったものの、雌雄間や異なる齢の間で餌種の違いがほとんどないことも明らかとなりました。
ケナガネズミの食性のイメージ図
研究の意義?今後の予定
本種が幅広い食性を示すことの1つの理由として、島という限られた環境に生息することが関係するかもしれません。島では特定の餌に依存すると、その餌が少なかった場合に生き残ることができません。イリオモテヤマネコやヤンバルクイナなども近縁な種よりも食性の幅が広いことが示唆されていますが、本種もこれらの種と同様に、何でも食べることができることが、生息面積が限られた島において生き残れた要因なのかもしれません。ただし、ネズミの仲間は一般に多様な食性を示すため、他に要因がある可能性もあります。今後、ネズミの仲間の食性が網羅的に解析されることで明らかとなると考えます。
また、本研究によりケナガネズミの食性が明らかとなったことは、保全上も有益な情報となります。食性の幅が広いということは、本種が特定の餌だけでは生存できないことを示唆しています。そのため、本種の保全においては、多様な動植物が生息地内で生息?生育することが必要と考えられます。さらに、筆頭著者らの研究グループでは、本種が利用する樹洞の重要性についても明らかにしました(関連論文参照)。本種は繁殖に樹洞を利用することが知られていますが、研究結果から、本種は大型の樹洞を利用することがわかりました。大きな樹洞は大きな樹木にしか形成されないため、成熟した森林の維持も必要であることになります。現在、本種は沖縄島では北部地域にしか生息していませんが、この地域において多様な動植物相と成熟した森林が維持されることが、本種の保全において重要だと考えられます。
<用語解説>
(*1)世界自然遺産:「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」が2021年に世界自然遺産に登録された。世界的に固有種や絶滅危惧種が多く生息している地域である。
(*2)中琉球:奄美群島や沖縄諸島が含まれる琉球列島の中部に位置する地域。大隅半島の南からトカラ列島悪石島までを北琉球、宮古諸島から八重山諸島までを南琉球に分けられており、この3つの地域では生物相が大きく異なる。
<研究者のコメント>
私はこれまで目視により胃内容物や糞を用いた動物の食性の解明をしてきました。今回DNAメタバーコーディング法を用いたのは、ケナガネズミが餌を細かく咀嚼してから嚥下しており、胃内容物がシルト状で、目視では同定することができなかったためです。DNAメタバーコーディングは、このような状態でも餌種を同定することができるため、見えない餌について解明するための強力なツールになると感じました。ただし、採食した部位が同定できないなど、いくつかの課題もあります(例: DNA では卵と幼虫、葉と果実などを区別できない。)。今後は、これらの課題も踏まえたうえで、季節性や地域間比較など本種の採食に関係する研究を展開すると同時に、本種の形態、生態、行動学的研究を進めていきたいと考えています。(小林)
<論文情報>
- ?論文タイトル:Omnivorous food habits of the endangered Ryukyu long-furred rat Diplothrix legata (Muridae) estimated using the DNA metabarcoding method
(DNAメタバーコーディング法を用いた希少種ケナガネズミ(ネズミ科)の雑食性) - 掲載誌:Mammal Study
- 著者:Shun Kobayashi*, Yukuto Sato, Masako Izawa
小林峻(琉球大学理学部海洋自然科学科生物系)、佐藤行人(琉球大学医学部附属実験実習機器センター)、伊澤雅子(琉球大学名誉教授、北九州市立自然史?歴史博物館) - DOI:10.3106/ms2023-0087
- アブストラクトURL:https://doi.org/10.3106/ms2024-0007
関連論文
- ?論文タイトル:沖縄島北部におけるケナガネズミDiplothrix legata(ネズミ科)の巣材と利用樹洞の特徴
- ?掲載誌:哺乳類科学
- ?著者:大和直暉(琉球大学理学部海洋自然科学科生物系)、小高信彦(森林総合研究所九州支所)、高嶋敦史(琉球大学農学部与那フィールド)、中田勝士(南西環境研究所)、久高奈津子(Yambaru Green)、久高将洋(Yambaru Green)、小林峻*(琉球大学理学部海洋自然科学科生物系)
- DOI:10.11238/mammalianscience.64.2
- アブストラクトURL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/mammalianscience/64/2/64_215/_article/-char/ja/