琉球大学の佐藤行人准教授、パラオ共和国農業漁業環境省農務局の鈴木良獣医師(現?東京都動物愛護相談センター多摩支所)らの研究チームによる成果が、国際熱帯医学連盟(IFTM)の発行する学術雑誌「One Health」誌に掲載されました。 |
<発表のポイント>
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ミクロネシアの国パラオ共和国では、2021年以降から人獣共通感染症であるレプトスピラ症の患者が急増しています。
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研究グループは、河川水の環境DNAからレプトスピラ属細菌を直接検出し、雨、とくに洪水の後に河川中のレプトスピラ濃度が高まることを明らかにしました。
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洪水、水害による人獣共通感染症のリスクをDNA分析から証明し、地域衛生や災害対策への応用が期待されます。
<発表概要>
レプトスピラ症(注1)は熱帯?亜熱帯地域に多く見られる人獣共通感染症(注2)の一種です。日本国内では、亜熱帯の沖縄県で患者発生が多く(全国の届出数のおよそ半数が沖縄)、河川でのレジャーによる集団感染の報告もあります。世界的には、オセアニア、東南アジア、南米、アフリカ地域などで多く発生しています。原因細菌であるレプトスピラは主に哺乳類を宿主としており、クマネズミ、野ブタなどの動物の皮膚や粘膜から血流に入って、肺や腎臓などの標的臓器へと拡がります。腎臓に定着したレプトスピラは、増殖して尿と共に排出されて川や土壌を汚染し、新たな感染源となります(図1)。また、洪水などの水害に伴う発生も報告されています。
図1.野外におけるレプトスピラの主な感染経路。
レプトスピラは、保菌する動物(クマネズミ、野ブタなど)の尿から、河川や土壌などの野外環境に排出される。汚染した水や土に触れると、皮膚や粘膜から人体に侵入して増殖し、高熱などを伴う感染症(レプトスピラ症)を引き起こす
本研究では、近年レプトスピラ症の患者数が急増したパラオ共和国と共同でレプトスピラ属細菌の環境DNA分析(注3)を実施し、これまで未解明であった同国における病原性レプトスピラの自然分布や多様性について、体系的な環境調査を初めて行いました(図2)。今回の調査では、レプトスピラ症のリスク因子として指摘されている降雨?水害との関連性についても理解を深めるために、雨天および晴天時の河川サンプルを体系的に取得し、比較解析を行いました。その結果、雨天、とくに継続的な増水?洪水の後に、より多様な種の病原性レプトスピラが検出され、その検出配列数も増加していることが分かりました(図3)。今回の結果は、パラオなどの熱帯島嶼国における環境衛生管理や、気候変動と関連した洪水?水害に伴うレプトスピラ感染のリスクを予測し予防する上で、有益な情報となります。
<発表内容>
背景: レプトスピラは、クマネズミや野ブタ、オオコウモリの野生動物、ウシなどの家畜を含む多くの哺乳類に感染し、ヒトに対しては高熱や黄疸、腎障害などを引き起こす人獣共通感染症の病原細菌です。レプトスピラを保菌する動物の尿から、水や土壌が汚染され、それらにヒトの皮膚や粘膜が触れることで感染が起きます。レプトスピラは好気性細菌であり、気温?酸素濃度などの条件が整えば、濡れた土壌中で増殖する可能性も指摘されています。レプトスピラ症は深刻な集団発生を起こすことがあり、オセアニア地域のパラオ共和国やニューカレドニア、東南アジアのタイやインドネシア、中南米のブラジルやパラグアイ、アフリカのエチオピアなど、世界全域の熱帯?亜熱帯地域で発生します。全世界で年間おおよそ100万件以上の症例があり、6万人近くが死亡していると推定されています。
上記の病原体レプトスピラは、単離?培養することが比較的困難な細菌です。そのため、レプトスピラが自然環境中でどのように分布するか、どのような環境因子と連動して増殖するのかを調べることは容易ではなく、現在まで多くの基礎研究や技術開発がなされてきました(琉球大学の取り組みとして注4、注5、注6)。レプトスピラ症が発生する地域を対象に、レプトスピラの自然分布や宿主動物を調べたり、レプトスピラがヒトに感染する機構を調べたりすることは、流行地における適切な予防方針を得る上で極めて重要です。今回の研究対象となったパラオ共和国も、レプトスピラの流行地であるため、地域住民や訪問?利用者の保護のために、レプトスピラの生態疫学研究が重要です。
そこで本研究は、パラオ共和国のレプトスピラについて、(1)環境DNAに基づく河川水からのレプトスピラの直接DNA分析、(2)晴天?雨天時の比較による環境リスク因子の分析、(3)同じ環境DNAサンプルを用いた宿主候補動物のメタDNA分析、という3つの方法に基づき、体系的な生態疫学研究を試みました。
図2.本研究で用いたパラオ共和国におけるレプトスピラの分析手法。
パラオ共和国バベルダオブ島の代表的な観光?トレッキングスポットであるガラスマオの滝、ガルドック湖、ガスパンの滝、エサールの滝の4カ所を調査対象とした。レプトスピラ属細菌の検出強度と種多様性を調べるために、次世代シークエンサーによる環境DNA解析を行った
環境DNA分析: レプトスピラ属細菌は培養が比較的難しいため、単離?培養を必要とする従来の手法で環境から検出することは困難でした。今回、野外における分布や多様性の全体像を調べるために、河川水から直接DNAを解析する「環境DNA分析」(注3)を活用しました。この手法は、川や海などの環境水中に懸濁物として含まれる微量なDNAを直接抽出し、その塩基配列を次世代シークエンサーによって大量に決定することで、微生物や動物の存在を高感度で検出するものです(図2)。このDNA分析では、レプトスピラの解析のために16S rRNA遺伝子(注7)、脊椎動物の解析のためにミトコンドリア12S rRNA遺伝子(注8)をPCR法で増幅し(注9)、増幅したDNAを次世代シークエンサー(注10)によって大量配列決定します。決定したDNA配列が由来する生物種と配列数を、国立遺伝学研究所のスーパーコンピュータにより解析しています。佐藤准教授とトーマ?クラウディア准教授らは、この環境DNA分析に基づいたレプトスピラの高感度分析法を開発し、すでに沖縄県やスリランカの流行地で成果を挙げています(注4、注5)。
今回のパラオ共和国における取り組みでは、代表的な観光?トレッキングスポットであるガラスマオの滝、ガルドック湖、ガスパンの滝、エサールの滝の4カ所を対象地としました。さらに、環境中のレプトスピラ属細菌の検出強度と気候(雨、晴れ、台風など)の関連性を調べるために、それぞれの対象地で晴天時および雨天時に採水サンプリングを実施しました。結果として、通常の雨に加え、増水?洪水(川の著しい増水と濁流が観察される)、モンスーン(雨季の季節風に伴う大量降雨が見られる)、台風(2022年台風1号 マラカス)の4種類の雨天サンプルを取得することが出来ました。
レプトスピラ検出と気候?環境因子: 採取した水サンプルについて、レプトスピラ属細菌と脊椎動物を検出ターゲットとした解析を行ったところ、病原性レプトスピラとして合計13種に相当する配列が検出され(図3)、強病原性種であるLeptospira interrogansと同種または類縁性が高い種も分布することが分かりました。また、レプトスピラ属細菌の検出配列合計数は、晴天時よりも雨天時で有意に多く、とくに増水?洪水時に最も多くなることが統計的に支持されました。このことは、雨天、とくに継続的な濁流を伴う増水?洪水が、レプトスピラ症の重要な環境リスク因子であることを示唆しています。レプトスピラ症と洪水の関連性は従来の疫学研究からも指摘されてきましたが、環境DNA分析によりレプトスピラDNAの増加として直接的に観測したのは、本研究が初めてとなります。また、レプトスピラの宿主候補動物として、ネコ、ノネズミ、オオコウモリ、クマネズミ、ブタが繰り返し検出されました(図3)。これらの動物も、パラオにおけるレプトスピラのリスク因子として注意を払う必要があるかもしれません。
図3.パラオ共和国におけるレプトスピラおよび哺乳類の環境DNA分析の結果。
横(行)は、バベルダオブ島内の4地点からそれぞれ採水した晴天時と雨天時のサンプル(合計42個)に対応しており、縦(列)は、検出された生物種(レプトスピラ属細菌、哺乳類)に対応している.数字は、それぞれの地点および種について検出された DNA 配列の数を表しており、赤色(レプトスピラ)および緑色(哺乳類)が濃いほど、検出された配列数が多いことを示す.合計13種に相当するレプトスピラ属細菌、合計9種の哺乳類が検出されている。レプトスピラは、DNA配列の分子系統解析結果に基づいて、ヒトへの高い病原性を示すP1グループと、中程度の病原性を示すP2グループに分類された。当該論文Sato et al., One Health, 2024 より改編
まとめと展望: 本研究は、パラオ共和国の河川で発生するレプトスピラについて、環境DNAに基づく体系的な生態疫学解析を初めて行いました。その結果、強い病原性を示すL. interrogans など合計13種のレプトスピラ属細菌が自然分布していること、その環境濃度および感染リスクが、雨天、増水?洪水時に高まることが示されました(図3)。これらの知見は、現地パラオにおけるレプトスピラの予防や公衆衛生の改善に役立つとともに、パラオ共和国以外でも、河川の増水?洪水時にレプトスピラ症のリスクが増大することを示唆する重要な内容です。我が国でも近年、気候の変動や水害の増加が目立ってきており、水害に伴う感染症の増加やその予防は、災害医学的に重要な課題となってきています。本研究は、水害時におけるレプトスピラ症のリスクについて改めて注意を促すものであり、また、今回用いた研究手法や調査方法は、世界の亜熱帯?熱帯地域における様々な病原体の研究においても重要な示唆を提供すると期待できます。
<用語解説>
(注1)レプトスピラ: スピロヘータ門に属するらせん形の細長い細菌。69種以上が知られており、高病原性?中病原性?非病原性の種に分けられる。高病原性と中病原性の種は、人獣共通感染症であるレプトスピラ症の原因となる。
(注2)人獣共通感染症: ヒトと動物(哺乳類?鳥類など)に共通して感染する病原体によって発症する疾患?病気のこと。病原体となるものは、細菌、ウィルス(インフルエンザなど)のほか、真菌、原虫、寄生虫など多岐に渡る。
(注3)環境DNA: 河川水や土壌などの環境媒質中に含まれる様々な生物由来のDNA断片。主な由来は、付近に生息する生物の細胞片、粘液、皮膚片、羽毛、死骸などであると考えられている。
(注4)琉球大学?新潟大学?神戸大学2019年4月25日共同ニュースリリース: 「川の水から人獣共通感染症の病原体と保菌動物の候補を同時検出 ~レプトスピラ症予防に向けた環境DNA分析手法を開発~」/news/4788/
(注5)琉球大学?スリランカ?ペラデニヤ大学2020年7月27日共同ニュースリリース: 「顧みられない熱帯病「レプトスピラ症」の感染源を環境DNAから推定~世界の熱帯?亜熱帯で役立つ手法を沖縄から発信、スリランカで実証~」/news/14997/
(注6)琉球大学?東北大学?沖縄科学技術大学院大学(OIST)2021年4月23日共同ニュースリリース: 「病原細菌が臓器を壊して感染する仕組みを解明~レプトスピラ症の新しい予防?治療法開発に期待~」/news/22330/
(注7)16S rRNA: タンパク質の生成に関わるリボソームRNAの一部をコードする遺伝子。細菌?古細菌など原核生物に広く共通する遺伝子であるため、その種判別に利用される。
(注8)12S rRNA: タンパク質の生成に関わるリボソームRNAの一部をコードする遺伝子。脊椎動物などの真核多細胞生物では、ミトコンドリアゲノム上に広く共通して存在する遺伝子であるため、その種判別に利用される。
(注9)PCR: ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction)の略。DNAの集合から、ターゲットとする特定の配列領域を生化学的に増幅する方法。ごく微量の環境DNAサンプルなどから、多数のコピーDNAを得て、DNA配列決定などの分析に利用することができる。
(注10)次世代シークエンサー: 数千万から数億分子のDNAについて、同時並列的に塩基配列を解読することができる手法および機器。2004年ごろから普及し、現代生物学、ゲノム解析における重要な基礎技術となっている。
<謝辞>
本研究は、文部科学省?科学研究費助成事業(20K12258、23K28279)、琉球大学医学部先端医学研究センター?先端医学研究支援事業、琉球大学?時空間ゲノミクスプロジェクトの研究助成のもとで行われました。また、琉球大学?研究基盤統括センターおよび戦略的研究プロジェクトセンターによる共同施設利用の支援を受けました。本研究のデータ解析の一部では、情報?システム研究機構?国立遺伝学研究所が有する遺伝研スーパーコンピュータシステムを利用しました。本記事の作成にあたり、琉球大学広報戦略本部、研究推進機構研究企画室の助言と支援を受けました。
<研究サンプルの取り扱い>
本研究では、パラオ共和国との共同研究にあたり、遺伝資源の取得の機会(Access)とその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分(Benefit-Sharing)の観点から、文書による適切な締結を実施しています。
<研究用器具?資材の取り扱い>
本研究では、パラオ共和国との共同研究にあたり、経済産業省が定める安全保障貿易管理の基準に照らして、それに適合する形で研究資材の輸出を行いました。
<本記事の図?イラストレーション>
本記事で使用した図およびイラストレーションは、当論文の著者らによって作成されました。研究の概要や結果を説明する図は、論文の内容および図を元に、レイアウトの変更や日本語への翻訳、変更を行って作成しました。動物、器具?機器その他のイラストレーションは、写真資料やOpenStreetMapが配布する地図(https://www.openstreetmap.org)に基づいて、主著者?佐藤が作成しました。
<論文情報>
- タイトル:A systematic survey of environmental DNA in Palau's lakes and waterfalls reveals an increase in Leptospira levels after flooding
(和訳)パラオの湖と滝における体系的な環境DNA解析から明らかになった洪水後のレプトスピラ増加 - 雑誌名: One Health
- 著 者: Yukuto Sato*, Kaori Tsurui-Sato, Yoichiro Uchima, Cheryl-Ann Udui, Osiro Lorin, Kashgar Rengulbai, Claudia Toma, Ryo Suzuki*
佐藤行人*(琉球大 医学部附属 実験実習機器センター 准教授)、鶴井(佐藤)香織(琉球大 農学部亜熱帯農林環境科学科 准教授)、内間庸一郎(琉球大 医学部附属 実験実習機器センター 学部配属学生)、ウドゥイ?チェリル?アン(パラオ共和国 保健?福祉省)、ロリン?オシロ(パラオ共和国 保健?福祉省)、レングルバイ?カシュガル(パラオ共和国 農業漁業環境省)、トーマ?クラウディア(琉球大院 医学研究科 准教授)、鈴木 良*(パラオ共和国 農業漁業環境省、東京都 動物愛護相談センター多摩支所 獣医師)(*共同第一著者) - DOI番号: 10.1016/j.onehlt.2024.100898
- URL: https://doi.org/10.1016/j.onehlt.2024.100898