研究成果

アリはコロニーの大きさをいかにして知るのか

     琉球大学農学部の辻瑞樹教授(ペンネーム辻和希)と千葉大学海洋バイオシステム研究センターの菊地友則准教授、川端俊一博士らの農学部OBと、京都工芸繊維大学、富山大学、英国レディング大学、島津製作所、東北学院大学の研究チームによる成果が国際的な学術雑誌「Biology Letters」誌に掲載されました。

    <発表のポイント>
    • 成果:アリが自身のコロニーの大きさを知覚する仕組みを解明しました。沖縄に生息するトゲオオハリアリの女王は、コロニーの成長につれて女王フェロモンを働きアリに伝達するための巣内パトロール行動に、より多くの時間を費やします。しかし、女王はいかにしてコロニーの大きさの変化を知るのでしょう。琉球大学、千葉大学などの研究チームは単純な行動ルールがこれを可能にすることをつきとめました。パトロール中の女王が「産卵する生理状態」になった働きアリに出会うと、それまでよりも多くの時間をパトロールに費やすのです。たったこれだけでコロニーの大きさに応じたパトロール行動が自己組織化されることがわかりました。また、本研究で本種の女王フェロモンが難揮発性の体表炭化水素であることも明らかになりました。

    • 新規性(何が新しいのか):アリやシロアリは真っ暗な地中に住むにもかかわらず、自分が所属するコロニーの大きさ(巣仲間の個体数)を知覚しているようです。しかしその仕組みはほとんど謎に包まれたままでした。本研究は世界で初めてその仕組みのひとつを厳密に明らかにしました。

    • 社会的意義/将来の展望: パーツがシステム全体の状態を直接俯瞰することなく、パーツ周囲の局所的な情報に対し単純なルールに従い反応するだけで、システム全体が適切に制御される仕組みを、自律分散制御あるいは自己組織化といいます。人間社会を含む様々なシステムにおいて、この仕組みの存在が議論されてきましたが、本研究はアリのコロニーサイズ知覚にも自己組織化が関与することを示しました。同様の仕組みは、アシナガバチのような比較的小さなコロニーで生活する社会性昆虫では一般的に作用している可能性があります。そのため他の社会性昆虫での研究が期待されます。

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    <発表概要>
    ① 研究の背景?先行研究における問題点 

     コロニーサイズ知覚の謎:アリやシロアリのコロニーは超個体であり、個体同様に成長とともにさまざまな性質が変化します。たとえば一般的に、次世代女王である翅アリはコロニーが一定の大きさに成長しないと生産されません。これは自然選択上適応的なパターンであることが知られており1,2、それゆえコロニーの大きさの変化に反応してメンバーの行動や生理状態が調整されているはずです。しかし、いかにメンバー個体が所属コロニーの大きさを「知覚」するのかはほとんど未知でした。巣内の二酸化炭素濃度や個体間の接触頻度が間接情報として機能しているのではという説はあったものの、証拠不十分です。アリのコロニーサイズ認識機構は以下の点で謎に包まれています。(1)地中性のため視覚情報が利用不能、(2)飛べないので鳥瞰も不可能、(3)敏感なのは主に嗅覚刺激。これは、まるで目隠しされた我々ヒトが、手探りと匂いだけで同じ部屋にいるおおよその人数を言い当てるようなものです。辻教授らの共同研究グループは、コロニー全体を直接俯瞰するのではなく、個々のメンバーがそれぞれの「個人的な経験」に対して単純に反応しているだけであるのに、全体として適切な振る舞いが実現されるという、自律分散制御と自己組織化がこの「コロニーサイズ知覚」の裏にもあるのではないかと考えました。

     トゲオオハリアリ:本研究では沖縄に生息するトゲオオハリアリを研究対象にしました。日本のアリの中で一番生態が詳しく調べあげられている種のひとつです3。一般にはあまり知られていませんが、実は働きアリはすべて雌です。それゆえ多くの種で女王同様に産卵能力を持ちますが、通常は女王が分泌する女王フェロモンの作用で産卵行動が抑制されています。トゲオオハリアリでは、女王フェロモンは直接の身体的接触を通し働きアリに伝達されることが先行研究で判明していました4,5。女王は定期的に巣内を歩き回り働きアリに接触して女王フェロモンを伝達します。これはパトロール行動と呼ばれます。しかしコロニーが成長すると伝達が滞るかもしれません。実際そのとおりで、大きなコロニーになればなるほど、女王は忙しくパトロールに多くの時間を費やします。逆にコロニーが分裂して小さくなると女王はパトロールに費やす時間を短くします6。研究ではコロニーサイズの変化を知覚しているとしか思えない女王のこの反応に着目しました。

    ② 研究内容(具体的な手法など詳細)

     負のフィードバック仮説:女王のコロニーサイズ依存的なパトロール行動を説明可能な自己組織化に関する計算機シミュレーションモデルをまず仮説として提示しました。これはすでに発表されています5。この学説は4つの仮定からなりますが、本研究ではそれをトゲオオハリアリで詳しく検証しました。

     仮定1:女王フェロモン伝達が絶たれると働きアリが卵巣を発達させる。これは先行研究ですでに解明されています2,3。女王との身体的な接触がなくなると、抑制から解放された働きアリたちが産卵権をめぐり順位闘争を始めますが、それは3時間後くらいから顕著になります。解剖結果から多くの働きアリに卵巣発達が確認されるのは48時間後くらいからです。2週間経つと過半数の働きアリが産卵可能になります。

     仮定2:卵巣が発達した働きアリに出会うと女王はもっとパトロールする。これを実験で検証しました。女王1個体に働きアリ数100個体のコロニーを多数用意します。各コロニーを60個体(女王はこちらに入れる)と40個体(女王がいない側)の2コロニーに分割し2週間飼育します。2週後、女王がいない側では多数の働きアリが産卵をはじめます。ここで女王のいる側といない側で働きアリを交換します。交換した前後で女王のパトロール行動を比較しました(それぞれ12時間)。ちなみに、交換率は、25%、50%、0%(対照実験)としました。仮説が正しければ交換率が高いほど、女王は交換後パトロールにより多くの努力を注ぎます。結果は予測どおりでした。交換率が高いほど女王は単位時間あたりのパトロール回数を増やし(図1左)、休息時間を短くしました(図1右)。図には示していませんがパトロールに費やす総時間も増えました。この結果は、女王の反応はコロニーの大きさそのものでなく(大きさは交換前後で一定です)、卵巣が発達した働きアリの存在に対してであることを示しています。

     仮定3:女王は卵巣を発達させた働きアリを識別できる。これも実験で調べました。働きアリの間には攻撃的な順位行動が女王存在下でも低頻度ながら見られ、最も優位なα働きアリの卵巣は他の働きアリよりも発達しています(図2右)。女王と働きアリを小さなシャーレの中で対峙させると、女王はα働きアリには振り向いて興味を示しますが、それ以外の働きアリ(低順位アリ)はほとんど無視します(図2左)。女王は卵巣を発達させた働きアリを識別し反応していたのです。ちなみに、α働きアリと低順位アリでは体表の炭化水素成分の構成比が異なることも判明しています(データは省略)。

     仮定4:女王フェロモンが存在する。身体的接触で伝達される難揮発性フェロモンの存在は先行研究で判明していましたが4,5、どんな物質なのかその化学的実体は不明でした。近年の研究で体表を覆うワックス層(炭化水素混合物)に女王フェロモン成分が含まれることが多くのアリやハチで明らかにされています。トゲオオハリアリでも炭化水素が女王フェロモンなのでしょうか。GC-MS分析により、女王の体表には働きアリにほとんどない炭化水素成分が複数あることがわかりました。女王の体表にある化学物質を溶媒で抽出し、炭化水素とそれ以外をフィルターで分離したあとで、それぞれをガラス繊維に染み込ませて働きアリに提示すると、炭化水素成分にだけ強い興味を示しました。最後にこの方法で、女王から隔離した働きアリたちに、女王の炭化水素成分を暴露したところ、働きアリの順位行動が少なくとも4時間半は抑制されることがわかりました。溶媒だけを提示した対照実験では、すでに知られているように3時間もすると働きアリたちは頻繁に闘争を始めました(図3)。この順位闘争は働きアリが自身で産卵しようとしていることを示す良い指標であることが知られています。したがって、女王の持つ炭化水素成分のなかに、働きアリの産卵を抑制する女王フェロモンが存在することを示唆します。しかし本研究ではどの分子なのかまでは特定できませんでした。

    ③ 今後の予定 など

    この研究は一筋縄では解けなかった難題が多く、研究開始から発表まで四半世紀近くかかりました。辻教授らは社会性昆虫がコロニーサイズを間接的に「知覚」する仕組みについて、世界で初めて説得力のある証拠を示したものだと考えています。しかし、この仕組みが社会性昆虫で一般的なものなのかはまだ疑問でしょう。ヒアリやミツバチのようにより大きなコロニーをもつ種では、女王と働きアリ(バチ)の身体的接触を介したこの仕組みはうまく働きそうにありません。そのような種では、おそらく揮発性の女王フェロモンか、働きアリ(バチ)間の口移し栄養交換などを介した間接的フェロモンリレーによる伝達が関与していると考えられます。しかし、コロニーサイズ増加によるフェロモン希釈がコロニーの大きさの指標になることを明らかにしたのが本研究の発見だとみなせば、議論を一般化できます。他種を用いた今後の比較研究が待ち望まれます。

    引用文献
    1. Ohtsuki, H., Tsuji, K. (2009) Adaptive reproduction schedule as a cause of worker policing in social Hymenoptera: a dynamic game analysis. American Naturalist 173(6): 747-758. DOI: 10.1086/598488
    2. Shimoji, H., Kikuchi, T., Ohnishi, H., Kikuta, N., Tsuji, K.(2018) Social enforcement depending on the stage of colony growth in an ant. Proceedings of the Royal Society of London, Series B 285 (1875): 20172548 DOI: 10.1098/rspb.2017.2548.
    3. Tsuji,K. (2021) Reproductive differentiation and conflicts in Diacamma: A model system for integrative sociobiology. Asian Myrmecology 13 e013007. DOI: 10.20362/am.013007
    4. Tsuji, K., Egashira, K., H?lldober, B. (1999) Regulation of worker reproduction by direct physical contact in the ant Diacamma sp. from Japan. Animal Behaviour 58 (2): 337-343. DOI:10.1006/anbe.1999.1161
    5. Kikuchi, T., Suwabe, M., Tsuji, K. (2010) Durability of the effect of gamergate presence information in Diacamma sp. from Japan. Physiological Entomology 35(1):93-97. DOI: 10.1111/j.1365-3032.2009.00710.x
    6. Kikuchi, T., Nakagawa, T., Tsuji, K. (2008) Changes in relative importance of multiple social regulatory forces with colony size in the ant Diacamma sp. from Japan. Animal Behaviour 76(6):2069-2077. DOI: 10.1016/j.anbehav.2008.08.029
    7. Adejumo S., Kikuchi T., Tsuji K., Maruyama-Onda K., Sugawara K., Hayashi Y. (2023) A real-time feedback system stabilises the regulation of worker reproduction under various colony sizes. PLoS Computational Biology19(3): e1010840. DOI: https://doi.org/10.1371/journal.pcbi.1010840
    <論文情報>
    1. ?タイトル
      Test of the negative feedback hypothesis of colony-size sensing in social insects
      (和訳)社会性昆虫におけるコロニーサイズ知覚に関する負のフィードバック仮説の検証
      雑誌名:Biology Letters
      巻:記事番号 20: 20240102
    2. 著者
      菊地友則1、2 ?林叔克3? 藤戸由佳4 辻井(藤原)直5 川端俊一2,6?菅原研7 山岡亮平8 辻和希(瑞樹)2, 9*
      * Corresponding author
      1 千葉大学海洋バイオシステム研究センター
      2 琉球大学農学部
      3 School of Biological Sciences, University of Reading
      4 島津製作所
      5 京都工芸繊維大学(現農業?食品産業技術総合研究機構)
      6 富山大学理学部
      7 東北学院大学
      8 京都工芸繊維大学
      9 鹿児島大学連合大学院連合農学研究科
    3. DOI番号10.1098/rsbl.2024.0102
    4. 掲載誌URLhttps://royalsocietypublishing.org/journal/rsbl
    5. 琉球大学学術リポジトリ:http://hdl.handle.net/20.500.12000/0002020383