研究成果

死んだふりしている場合じゃない!~オスは異性のフェロモンにより死んだふりから覚醒する事を世界で初めて発見!~

     琉球大学農学部の日室千尋博士(協力研究員)と岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域(農)の宮竹貴久教授の研究チームによる研究成果が、Springerの日本動物行動学会の国際学術雑誌「Journal of Ethology」誌に掲載されました。

    <発表のポイント>
    • 成果:アリモドキゾウムシという甲虫は、外部から刺激を受けると動かなくなる「死んだふり(写真)」を行いますが、「死んだふりからいつ目覚めるべきか?」については明らかにされていませんでした。本研究では、オスがメスの存在や性フェロモンにより、「死んだふりから目覚める」ことを明らかにしました。
    • 新規性:オスはメスの存在や性フェロモンにより、死んだふりから覚醒するまでの時間を早める、つまり捕食回避よりも繁殖を優先することを世界で初めて発見しました。
    • 社会的意義:人生同様に動物もその生存において選択の連続です。オスにとって死んだふりによる捕食者回避と交尾はどちらが優先されるのでしょうか?動物の生存戦略に新しい視点をもたらしたという点で社会的な意義があります。
    <発表概要>

    (1)本研究について
     琉球大学農学部の日室千尋博士(協力研究員)と岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域(農)の宮竹貴久教授の研究チームは、刺激を受けると動かなくなる「死んだふり」(注1)を行うアリモドキゾウムシCylas formicarius(注2)という甲虫のオスがメスの存在や性フェロモンにより、死んだふりから覚醒するまでの時間を早めることを世界で初めて示しました。
     動物における死んだふり行動の意義については、近年やっと明らかになりつつある分野です。これまで死んだふりに必要な刺激については研究が行われてきましたが、どのような刺激によって死んだふりから目覚めるのかについては研究が行われてきませんでした。今回の研究で、メスの性フェロモンはオスの死んだふりを解除する重要な要素であることを世界で初めて明らかにしました。
    ? 人生と同様に、動物たちも生き残り子孫を残すため常にギリギリの選択を迫られています。捕食者から逃げることを優先するか? それとも交尾相手を探してたどり着くか? という動物の生存戦略に新しい視点をもたらしたという点に、本研究の社会的な意義があります。

    (2)研究の詳細
    ① 研究の背景?先行研究における問題点
     刺激を受けると独特な姿勢で動かなくなる「死んだふり」行動は、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、ダニ類、昆虫類など様々な分類群で見られる行動です。これまで「死んだふり」行動の意義とこの行動を誘発する刺激についてはよく研究されてきました。例えば捕食者が襲う刺激や、外部から与えた人為的な刺激によって死んだふり行動が生じることがこれまで明らかにされています。しかし、「死んだふり」行動をずっと続けるわけにもいきません。もしいつまでも死んだふりをし続けると、食べることも、交尾することもできません。異性と出会って子を残すためには「死んだふり」から覚醒する必要があるのです。しかし、異性の刺激と死んだふりのどちらが大事かという視点での研究はありませんでした。また、死んだふりを続けるか、配偶相手を探すか、その選択はオスとメスで異なる可能性があります。

    ②? 研究内容(具体的な手法など詳細)
     アリモドキゾウムシは雌雄ともに外部から刺激を受けると動かなくなる「死んだふり」を行います。そこで、オス、メスそれぞれをピンセットで挟むことで死んだふりを引き起こし、様々な個体と同居させることで、死んだふりから回復するまでの時間を調べました。「死んだふり」をしているオスと性成熟したメスを同居させたところ、有意に早く「死んだふり」から目覚めることが明らかになりました(図1)。反対に、オスは他のオスや性成熟していないメスと同居させた場合では、死んだふりから早く目覚めることはありませんでした。「死んだふり」をしているメスの場合には、オスとは異なり、「死んだふり」からの目覚めは他のメスやオスの存在に影響を受けませんでした。以上のことから、オスが特異的に性成熟したメスの存在を感じとり、死んだふりを短くしていることが明らかとなりました。加えてオスでは、メスの個体ではなく性フェロモンが存在していても「死んだふり」が有意に短くなったことから(図2)、「メスの性フェロモンはオスの死んだふりを解除する重要な要素」であることが本研究により世界で初めて明らかとなりました。つまり、アリモドキゾウムシのオスは、危険をやり過ごすよりも繁殖相手との出会いを優先していることが示されました。

    ③? 本研究の意義?今後の予定 など
     今回の研究により、メスの性フェロモンはオスの「死んだふり」を解除する重要な要素であることが世界で初めて明らかとなりました。捕食回避か交尾相手の探索か、動物の生存戦略に新しい視点をもたらしたという点で本研究には学術的な意義があります。さらに、本研究で実験に使ったアリモドキゾウムシはサツマイモの世界的重要害虫として知られており、社会的にも、このような基礎的な生態を解明することが防除戦略を考える上でも役立つ可能性が高いと考えられます。

    <用語解説>

    注1:死んだふり(死にまね、擬死行動)
     刺激を受けると独特な姿勢で動かなくなる行動で、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、ダニ類、昆虫類など様々な分類群で見られる。捕食回避戦略の1つとして考えられている。下図は、死んだふりをするアリモドキゾウムシのオス。

    注2:アリモドキゾウムシ?Cylas formicarius
     体長約6mmのゾウムシの1種。熱帯、亜熱帯地域に広く分布するサツマイモの重要な世界的害虫。日本の侵略的外来種ワースト100に選定されている。日本国内ではトカラ列島以南の南西諸島、及び小笠原諸島に分布する。沖縄県では不妊虫放飼法を用いて、2012年に久米島(Himuro et al. 2022)、2020年に津堅島(Ikegawa et al. 2022)で根絶された。不妊虫放飼法を用いた甲虫類の根絶は世界初である。捕食回避戦略として外部刺激により死んだふり(擬死行動)することが知られている(Miyatake et al. 2001など)。

    <論文情報>
    1. 論文タイトル:Mate search or predation avoidance? Sex pheromone interrupts death feigning of males in the sweet potato weevil Cylas formicarius.
      「交尾相手の探索か捕食回避か? 異性のフェロモンはアリモドキゾウムシオスの死んだふりを中断する」
    2. 学術誌名:Journal of Ethology
    3. 著者名:Chihiro Himuro* and Takahisa Miyatake
      日室千尋(琉球大学農学部、琉球産経(株)、沖縄県病害虫防除技術センター)宮竹貴久(岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域(農))
    4. ?DOI番号:10.1007/s10164-024-00816-6.
      アブストラクトURL:https://link.springer.com/article/10.1007/s10164-024-00816-6