ポイント
- 近年、持続的な農業生産技術が求められている中、農林業害虫の防除技術として、振動による害虫の行動制御技術が国内外において注目されている。
- 振動はトマト、シイタケなどにおいて新たな害虫防除技術として利用できるとともに、さらに収量アップにもつながる持続可能な安定栽培に貢献できる。
- 今後、振動農業技術の実証と改良を続けて、2025年度以降にトマト栽培用の振動発生装置の市販化を進める予定である。
概要 害虫の薬剤抵抗性の発達、環境に与える負荷、有機栽培や減農薬作物のニーズの高まりなどから、化学農薬のみに頼らない新たな害虫防除技術の確立が急務となっています。そこで九州大学大学院理学研究院、国立研究開発法人森林研究?整備機構森林総合研究所、宮城県農業?園芸総合研究所、東北特殊鋼株式会社、電気通信大学大学院情報理工学研究科、琉球大学農学部、国立研究開発法人農業?食品産業技術総合研究機構(農研機構)の研究チームは、昆虫が振動や音に対する感覚を用いたコミュニケーションを繁殖や社会性維持などに利用していることに着目し、人為的な刺激として振動を伝えることで害虫の制御が可能であることを明らかにしてきました。具体的にはトマト、きのこなどを対象に、振動を用いて世界的な害虫として知られるコナジラミ類やキノコバエ類の密度制御が可能であること、加えて対象作物の増収効果が認められることを明らかにしています。総説では、これらの研究成果について説明するとともに、振動に関する科学的知見を総合防除(IPM)(※1)へ生かすための展望についても言及しました。 |
【研究の背景と経緯】
農業生産現場における病害虫の防除には主に化学合成農薬(以下、化学農薬)が多く使用されています。しかし、世代期間の短い害虫では化学農薬に対する抵抗性(薬剤抵抗性)が発達しやすく、それに伴い化学農薬の散布回数を多くするなどの悪循環が生じます。加えて、害虫に寄生、あるいはそれを捕食する天敵やマルハナバチなどの受粉昆虫を利用している現場では、これらの有用生物に悪影響を与える化学農薬は使用できません。また、農薬の使用にかかる労働時間と経費は薬剤抵抗性が発達するほど増大します。このような問題が顕在化してきていますが、消費者や実需者からの有機栽培や減農薬栽培による農作物への需要が高まっており、化学農薬のみに依存しない病害虫防除技術の開発が希求されています。なお、栽培きのこの生産現場では、化学農薬による害虫防除は元来ほとんど行われていませんが、害虫による食害や混入が問題になることから、革新的な防除技術の開発が同様に求められています。
昆虫の多くは仲間とのコミュニケーションや周囲の状況を知る手がかりとして振動を利用することが分かってきました。昆虫の振動コミュニケーションには、配偶相手の探索やオス同士の闘争、餌の探索など様々な役割があることが明らかになりつつあります。また、捕食者が発する振動を検知し、逃走や危険回避などの行動をとるものもいます。近年、こうした昆虫の振動に対する反応を逆手にとり、植物などに人為的に振動を与え、害虫の行動を制御することで、被害を軽減させるための研究が始まっています。こうした新しい手法は、生物に備わっている本能的機構に直接働きかけるため、化学農薬と比較して抵抗性が発達しにくく、他の防除手段と高い親和性があるとして注目を集めています。
我々研究チームはこれまで、1)トマト栽培におけるコナジラミ類、2)シイタケ栽培におけるキノコバエ類、3)果樹におけるチャバネアオカメムシについて、振動を利用した農業生産技術の開発に向けた研究に取り組んできました。そしてこの間に得られた研究成果や今後の持続可能な農業生産技術への応用と展望をまとめ、総説として発表しました。
【研究の内容と成果】
1)トマト栽培と害虫コナジラミ類
コナジラミ類は多くの野菜や観賞植物などを加害し、多くのウイルス病を媒介する世界的な重要害虫ですが、化学農薬に対する抵抗性が発達しやすく、防除が非常に困難です。一方、繁殖する際に雌雄が振動を使ったコミュニケーションを行うことが判明しています。そこで我々は、コナジラミが寄生した植物に人為的に振動を与えて、コナジラミのコミュニケーションを妨害することで繁殖を抑制できるか検証しました。タバココナジラミ(図1)については、琉球大学構内の温室内で栽培したトマトにコナジラミ成虫を放し、100 Hzの振動を断続的に与えることで、振動による防除効果を検証しました。その結果、振動を与えたトマトのタバココナジラミ幼虫の密度は振動を与えなかった対照区と比較して、およそ40%低下することが明らかになりました。次に、オンシツコナジラミについて、宮城県農業?園芸総合研究所のトマト栽培施設内において300Hzの振動を与えたところ、振動区のオンシツコナジラミ幼虫密度が対照区の50%以下に抑えられました。振動を与えることでコナジラミの繁殖がどのように抑制されるのか、またコナジラミや植物の成長にも影響を与えるのかといった疑問については、現在進めている研究から明らかにしていく予定です。
図1 トマトの害虫タバココナジラミ
トマト栽培における受粉?着果の方法として、ホルモン剤処理による方法や受粉昆虫としてマルハナバチなどを利用する方法があります。ハチによる受粉方法は、受粉にかかる人手による作業時間が少ないというメリットがありますが、ハチに悪影響を与える化学農薬を使用している間は放飼できません。さらに、ハチの活動が低下する高温期や低温期には、他の代替手段を使用する必要があります。そこで、我々研究チームは、振動によりトマトの受粉も促進されるか検証しました。その結果、振動を与えたトマトは振動を与えなかったトマトと比べ、より受粉が促進されることが判明しました。つまり植物に振動を与えることで、害虫の密度低下が期待できることに加え、収量アップにもつながる可能性があります。
2)シイタケ栽培と害虫キノコバエ類
シイタケをはじめとする“食用きのこ”の栽培では、害虫のキノコバエ類による食害と害虫がきのこに付着した状態で出荷されることが問題となっています。そこで、我々は樹木由来のおが粉を培地としたシイタケの菌床に800Hzの周波数の振動を与えました。その結果、振動を与えなかった菌床に比べてナガマドキノコバエ類(図2)の蛹や成虫の発生が遅れただけでなく、発生した成虫の数も減少しました。これらより、振動はキノコバエ類の成長を阻害し、シイタケへの食害や混入被害を軽減できることが分かりました。
図2 シイタケの害虫ナガマドキノコバエ類
また、菌床などの培地を叩くことによる振動が、シイタケの発生を促すとして経験的に利用されてきましたが、どのような振動が発生に適しているのかについては特定されていませんでした。そこで我々は、シイタケの菌糸成長や発生に適した振動の周波数を明らかにするための実験を行いました。様々な周波数の振動を寒天培地上で培養したシイタケ菌糸に断続的に与えたところ、1000 Hzの振動を与えた処理区では、振動を与えない処理区と比較して菌糸の成長量が増加しました。さらに、森林総合研究所の栽培施設内のシイタケ菌床に800Hzの振動を与えて、シイタケの発生が促進されるのか調べたところ、振動を与えた菌床から発生したシイタケの本数は、振動を与えなかった菌床と比べて増加しました。つまり、人力によって叩くことなく、特定の周波数で菌床を刺激することで、害虫の発生を抑えるだけでなく、シイタケの収量アップも期待できます。
3)果樹の害虫カメムシ類
果樹害虫として知られるチャバネアオカメムシはカンキツ類やリンゴ、ナシなど、さまざまな果実を吸汁し、奇形や落果を引き起こすことで深刻な被害をもたらします。また、林業害虫としても知られ、ヒノキの採種園に飛来し、種子の発芽率低下をもたらします。そこで我々は、チャバネアオカメムシの好適な寄主植物であるキリ(苗木)やカンキツ樹に様々な周波数や振幅の振動を与え、木に止まっているカメムシの行動を観察しました。その結果、触角の運動(環境情報の受容)やグルーミング(体表の清掃)を停止する、脚を曲げて姿勢を低くする、静止状態から歩行する、歩行せずに前脚を交互に持ち上げるなどの反応がみられました(図3)。また、成虫の腹部の上下運動により振動が発生することも分かりました。観察された一連の行動から、振動を樹木に与えることで、カメムシが木に止まる時間を短縮させるなどの効果が期待できます。
図3 振動に対するチャバネアオカメムシの反応
【今後の展開】
現在、我々研究チームは、国が策定した「みどりの食料システム戦略」の実現に向け、オープンイノベーション研究?実用化推進事業において「害虫防除および安定栽培のための振動農業技術の開発と実用化」という課題に取り組んでおり、振動を活用した物理的防除技術を農業生産現場に導入するための研究に取り組んでいます。本総説は研究を一層発展させるためのマイルストーン的意義を担うものです。一連の研究から、振動は病害虫防除だけでなく、作物の収量増加につながるダブル効果を持つ可能性が示されました。また、振動技術は殺虫剤の使用量削減や農作業の省力化にも貢献できる可能性があります。寄生や捕食により害虫を退治してくれる天敵や、害虫を誘引するワナ(トラップ)、害虫を植物に寄せ付けない忌避剤などと振動技術を組み合わせる総合防除(IPM)を行うことで、防除効果アップも期待できます。人口増加や環境変動に伴って、安定的な食料生産が不安視される中、振動技術は欠かせないツールになると思われます。
現在我々は、開発中の振動発生装置を用いて、各地の生産施設にて実証試験を進めています(図4、ウェブリンク参照)。振動発生装置を研究開発している東北特殊鋼(株)は、2025年以降にトマト栽培用の振動発生装置「トマタブル?」の市販化を目指しています。一方で振動農業技術の実用化と普及実現に至るまでにはまだまだ多くの課題があります。振動は害虫だけでなく、天敵や受粉昆虫の活動に悪影響を及ぼす可能性もあるため、これらの生物に対する振動の影響も精査しなければなりません。また、防除効果を最大限発揮するための最適条件を見つけるために、振動により害虫の個体数が減少する機作の解明が求められます。
図4 振動発生装置「トマタブル?」(丸印)を設置したトマト栽培施設((株)未来彩園?宮城県)
ウェブ:https://www.youtube.com/watch?v=kssWZxmeCSo
【用語解説】
(※1) 総合防除 (IPM : Integrated Pest Management)
化学農薬や物理的防除などのあらゆる手段を適切に組み合わせて、病害虫の被害を経済的に許容できる水準以下まで駆除?予防して、管理する方法。
(※2)みどりの食料システム戦略
食料?農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する、農林水産省による施策。
参考ウェブ:https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/index.html
(※3) トマタブル?
東北特殊鋼株式会社と振動農業技術コンソーシアムとの共同開発による、トマト栽培用の振動発生装置。磁場の変化により異なった伸縮をする磁歪クラッド材によって、周波数100Hzの振動を発生し、施設内のパイプ等からトマト植物体に振動を伝える。
【外部資金】
本研究は生研支援センター(BRAIN)のイノベーション創出強化研究推進事業(JPJ007097)「害虫防除と受粉促進のダブル効果!スマート農業に貢献する振動技術の開発」(02006A:令和2年度~令和4年度) 、およびオープンイノベーション研究?実用化推進事業(JPJ011937)「害虫防除および安定栽培のための振動農業技術の開発と実用化」(05021c3:令和5年度~令和9年度)の助成を受けたものです。
【論文情報】
- 掲載誌:Entomologia Experimentalis et Applicata
- タイトル:Vibrations as a new tool for pest management - a review
- 著者名: Ryuhei Yanagisawa, Haruki Tatsuta, Takayuki Sekine, Takaho Oe, Hiromi Mukai, Nami Uechi, Takuji Koike, Ryuichi Onodera, Ryuichi Suwa, Takuma Takanashi
- DOI:10.1111/eea.13458