概要
京都大学大学院理学研究科髙山浩司准教授、山﨑由理修士課程学生(現在日立製作所)、琉球大学熱帯生物圏研究センター梶田忠教授らの研究グループは、地球上で最も広い分布域を持つ植物の一つであるオオハマボウの分布拡大過程を、ゲノムデータを用いた系統地理解析で解明しました。
海浜に生育する陸上植物の中には、種子を海流によって散布することで広大な分布域を獲得したものがあります。中でも熱帯?亜熱帯域に広く分布し、地球を一周取り囲むような分布域を獲得した植物のことを汎熱帯海流散布植物と呼びます。グンバイヒルガオ(ヒルガオ科)、ナガミハマナタマメ(マメ科)、オオハマボウ(アオイ科)はその代表例ですが、これらの植物がいつ頃地球上に現れ、どのくらいの時間をかけて世界中に広がっていったのかは十分には分かっていません。高山准教授らは、オハマボウとその全ての近縁種群を世界各地で採集し、葉緑体ゲノムの全塩基配列と核ゲノムの一塩基多型に基づく系統集団解析を行いました。その結果、オオハマボウの祖先は今から約400万年前に東南アジアの内陸性の種から分岐し、全世界の熱帯?亜熱帯地域に広がっていったことが分かりました。また、インド洋から太平洋にかけて分布するオオハマボウでは、広い範囲の集団間でも遺伝子流動が維持されている一方で、分布の周辺地域では、今からおよそ100万年前以降に複数の地域固有種が生じたことも明らかとなりました。この研究は、世界に広く分布する海浜植物が、いつ頃地球上に現れて、現在の分布を獲得するに至ったかを解明した貴重な研究と言えます。
本研究は、2023年1月13日に、国際誌「Molecular Ecology」のオンライン版に掲載されました。
1.背景
海浜に生育する陸上植物の中には、種子を海流によって散布することで、広大な分布域を獲得したものがあります。その中でも熱帯?亜熱帯気に広く分布し、地球を一周取り囲むような分布域を獲得した植物のことを汎熱帯海流散布植物と呼びます。ヒルガオ科のグンバイヒルガオ、マメ科のナガミハマナタマメ、アオイ科のオオハマボウ、ヒルギ科のヤエヤマヒルギ属の植物などがその代表例です。汎熱帯海流散布植物は世界の熱帯?亜熱帯ではごく普通に見られる植物ですが、いつ頃地球上に現れ、どのくらいの時間をかけて世界中に広がっていったのか、また遠く離れた集団間では種子による遺伝子流動がどの程度あるのかは、よく分かっていませんでした。私たちの研究グループではこの問題に注目し、DNA解析を用いて、汎熱帯海流散布植物の分布拡大過程や分布維持機構に関する研究を進めてきました。
本研究で対象としたオオハマボウ(Hibiscus tiliaceus)はアオイ科フヨウ属の木本植物で、旧大陸および太平洋とインド洋諸島の海岸や河口部に生育しています。オオハマボウが含まれるフヨウ属Azanzae節には十数種類の植物が知られ、その多くは内陸部に生育しています。一方、Azanzae節の植物の中で形態が比較的オオハマボウによく似ている4種は、東南アジアの内陸部からは離れた新大陸や日本周辺に分布しています。分布状況やこれまでの系統解析によって、オオハマボウの祖先種である東南アジアの内陸性種の一部で種子の海流散布能力が獲得されて全世界に広がり、その周辺地域で地域固有種を生み出していったという進化史が考えられていました。しかし、東南アジアの種からのオオハマボウの祖先種の分岐や、地域固有種の派生がいつ起きたのかは、全く分かっていませんでした。そこで私達は、これまでに全世界から集めたオオハマボウと近縁種のサンプルを活用して、ゲノムレベルでの系統?集団解析を行うことにしました。
2.研究手法?成果
オオハマボウと近縁種を対象にしたこれまでの研究では、葉緑体DNAの部分配列(約8000塩基対)やマイクロサテライトマーカー(6遺伝子座)が用いられてきましたが、分岐の時期を明らかにするために十分な解像度の系統樹は得られていませんでした。そこで本研究では、より多くの遺伝的多型を検出し、高解像度の系統樹を得るために、次世代シーケンサーを利用して葉緑体DNAの全塩基配列(約162,000塩基対)と核DNAの一塩基多型(891遺伝子座)を検出しました。
ゲノムレベルでの系統解析が実現したことで、オオハマボウの祖先は今から約400万年前に東南アジアの内陸性の種から分岐し、全世界の熱帯?亜熱帯地域に広がっていったことが明らかとなりました。さらに、オオハマボウの分布の周辺地域に生育する複数の地域固有種は、今から約100万年前以降に生じたことが示されました。集団構造解析からは、オオハマボウのインド洋-太平洋の集団には明確な遺伝的分化が見られず、分布が全球的に広がった後も、集団間の遺伝子流動が広い範囲で維持されていることも分かってきました。
一方で、オオハマボウと近縁種の系統関係に着目すると、葉緑体DNAと核DNAの系統樹の樹形は必ずしも一致しないことが分かりました。核DNAの系統樹では、種ごと、あるいは、地域ごとに別々の系統に分かれるのに対して、葉緑体DNAの系統樹では、異なる種同士が一部で入れ子状態になってしまいました。このように葉緑体DNAと核DNAの系統樹が一致しないことは、実は多くの植物で観察されていて、その主な要因として、交雑による遺伝子浸透*1や遺伝子の不完全な系統仕分け*2が考えられてきました。今回、核DNAの一塩基多型のデータをもとに種間の交雑可能性を検証したところ、新大陸の近縁種アメリカハマボウ(H. pernambucensis)の大西洋集団とオオハマボウの西アフリカ集団との間で交雑の痕跡が検出されました。これは、先行研究で示されたアメリカハマボウで生じた葉緑体捕獲*3の可能性とも矛盾しない結果でした。現在、オオハマボウは新大陸には自生しませんが、かつて太平洋を越えるような長距離種子散布によって、オオハマボウからアメリカハマボウへの遺伝子浸透が生じたと考えられます。一方で、その他の近縁種とオオハマボウの間では種間交雑の痕跡は検出されなかったことから、交雑による遺伝子浸透だけではなく、葉緑体DNAの不完全な系統仕分けも、両系統樹の矛盾の要因となっていると推測されました。
ゲノムレベルの系統解析によって、オオハマボウの祖先種が世界中に広がっていったのは、今から400万年前よりも最近であることが明らかとなりました。オオハマボウと同様に全球的に分布する植物に、マングローブ植物のヤエヤマヒルギ属がありますが、こちらはもっと古い時代(3000~4000万年前)に全球的な分布域を獲得したと考えられています。それに比べると、オオハマボウとその近縁種の全球的な分布域の拡大は、ずっと最近に、かつ急速に生じたと言えます。短い時間で急速に分布拡大したことと、周辺地域で地域固有種の種分化が起きたことが、一部の種間における交雑と、葉緑体DNAの不完全な系統仕分けを引き起こしたのかもしれません。
3.波及効果、今後の予定
この研究で、オオハマボウの祖先が東南アジアの内陸性種から分岐した時期や、周辺地域で固有種が派生した時期が明らかとなりました。一方で、オオハマボウの集団間ではインド洋から太平洋にかけての広い範囲で遺伝子流動が保たれており、種としての同一性を維持していることも分かりました。次なる疑問は、非常に高い種子散布能力を持つ祖先種から新たに地域固有種が生まれた際に、どのような隔離機構が働いたのかということです。今後は、種間の生育環境や形態的?生態的な違いを精緻に調べ、さらにそれに関連する遺伝的基盤も解明してくことで、地域固有種生誕の原理を探っていきたいと考えています。さらに、グンバイヒルガオやナガミハマナタマメといった他の汎熱帯海流散布植物との比較も行い、熱帯域で地球を一周するような分布域を獲得した植物の進化史の全貌を解明してきたいです。
4.研究プロジェクトについて
本研究は日本学術振興会科研費(JP22405005, JP25290080, JP17H01414, JP07J02524, and JP20K21446)、藤原ナチュラルヒストリー財団、市村清新技術財団、山田科学振興財団の研究助成を受けて行いました。
<用語解説>
*1 遺伝子浸透:交雑などに起源し、種を超えて遺伝子が伝播する現象。
*2 遺伝子の不完全な系統仕分け:祖先集団で遺伝子多型が存在する場合に、その遺伝子が種分化より前に分岐していたり、種分化の途中で対立遺伝子の片方が失われたりする現象。
*3 葉緑体捕獲:遺伝子浸透によって別の種の葉緑体ゲノムを取り込む現象。
<研究者のコメント>
海流散布という種子散布様式は定着可能性が極めて低く、非常に無駄の多い散布様式のように思えます。しかし、現在の汎熱帯海流散布植物の分布域を考えると、分布拡大という点において非常に優れた方法だと言えます。内陸環境を捨てて、わずか400万年で汎熱帯?亜熱帯の海岸に分布を広げたオオハマボウに感服です。
<論文タイトルと著者>
タイトル:Spatiotemporal process of long-distance seed dispersal in a pantropically distributed sea hibiscus group(長距離種子散布を介した汎熱帯海流散布植物オオハマボウの分布拡大過程)
著 者:Yuri Yamazaki, Tadashi Kajita, Koji Takayama
掲 載 誌:Molecular Ecology
DOI:https://doi.org/10.1111/mec.16836
<参考図表>
図1 オオハマボウと近縁種の全球分布の形成過程