琉球列島には、シロアリが栽培するキノコが生息しています。このキノコについて、これまでに形態的特徴から3種(オオシロアリタケ、トガリアリヅカタケ、シロアリシメジ)が記載されており、さらに一昨年には当研究グループによって新たな菌種(イケハラオオシロアリタケ)が見つかっていました。しかし、シロアリの巣から見つかるこの仲間の菌は2種類のDNA型のものしか見つかっておらず、キノコの形態による分類の結果とは食い違っていました。今回、基礎生物学研究所の小林裕樹研究員、重信秀治教授ら、琉球大学の北條優研究員、金城一彦教授(現:名誉教授)、寺嶋芳江教授(現:静岡大学)、徳田岳教授ら、和田匠平を中心とした研究グループは、国内に生育するシロアリ共生性キノコについて、形態とDNA情報を用いた分子系統関係について調査を実施し、これらの菌類の正しい分類と名前を確定しました。この成果は2022年1月20日に学術誌Mycoscienceに掲載されました。
【研究の背景】
昆虫の中には、人間と同じようにキノコの菌を食料として栽培して生活するものが存在しています。中南米に生息するハキリアリなどは有名ですが、日本でも沖縄県に生息するタイワンシロアリ(キノコシロアリ亜科)が同じような生活をしており、タイワンシロアリは菌なしでは食料を得ることができず、栽培されるキノコはシロアリなしでは育つことができないという、相互に依存した共生関係を築いています(図1)。
菌類を栽培するシロアリが育てるキノコはオオシロアリタケ属(Termitomyces)の菌類で、ホンシメジやブナシメジと同じシメジ科に属しています。
日本産のオオシロアリタケ属のキノコはこれまでに形態的特徴から4種が報告されていますが、その一方で国内のタイワンシロアリの巣には2種類のDNA型の菌しか存在しておらず、名前の付けられている種と、遺伝子レベルで見た種の数が食い違う状況になっていました。そのため、これらのキノコの関係性を遺伝子配列の点から明らかにするために調査を行いました。
図1:オオシロアリタケとキノコシロアリの共生関係。
キノコシロアリはオオシロアリタケを栽培し主食とし、
オオシロアリタケはキノコシロアリなしでは生育できない
【研究の成果】
発生地である沖縄県(沖縄本島および八重山諸島)でオオシロアリタケ属のキノコを調査すると、これまでに種名のつけられている各種のキノコとよく似た形のものや、新種かと見紛うほど形態の異なるものが発見されました。過去の記載では、形態から複数種として記載されているキノコはそれぞれ顕微鏡的にも異なる特徴をもつとされていて、実際に採取した標本も、肉眼レベルだけでなく、顕微鏡的にも複数の形態のものが含まれていました。
しかし、これらのキノコのDNA配列を解読して系統関係を推定すると、柄の基部が地中深くまで伸びてシロアリの巣と接続する(仮根を持つ)タイプの3種類はほぼ同じDNA配列を持っており、遺伝子レベルで同種であることが判明しました。残る一種は当研究グループの北條と重信が2019年に「イケハラオオシロアリタケ」として報告した仮根を持たない小さなキノコですが(用語解説1)、これは同年に中国から新種として学名が報告されたものと遺伝子レベルで同じであることがわかりました。そのため、日本に生息するオオシロアリタケ属の菌類は2種類であり、その名前は、命名の優先性からオオシロアリタケ(Termitomyces intermedius)とイケハラオオシロアリタケ(Termitomyces fragilis)が妥当という結論になりました(図2)。
図2:オオシロアリタケ属菌のDNAの系統関係と外観(写真:和田匠平、北條優)。日本産のものは遺伝子レベルで2種類であることが明らかになった。
【今後の展望】
今回の研究で、日本に生息するオオシロアリタケ属のキノコの種分布の実態が明らかになりましたが、このキノコの最も面白いところはシロアリの栽培作物としてのみ生活できるというユニークな生態にあります。今後は、今回種名の決定したオオシロアリタケ属菌を用いて、シロアリとキノコが互いに依存した共生関係をもつ仕組みや、その共生進化のプロセスについて、遺伝子レベルで明らかにしていきたいと考えています。
オオシロアリタケは人間にとっても食用になる美味なキノコとして知られるため、その生活の仕組みが明らかになれば、将来的に栽培につながる可能性も期待できるかもしれません。
【発表雑誌】
雑誌名 Mycoscience
掲載日 2022年1月20日
論文タイトル: Taxonomic revision of Termitomyces species found in Ryukyu Archipelago, Japan, based on phylogenetic analyses with three loci
著者:Yuuki Kobayashi, Miyuki Katsuren, Masaru Hojo, Shohei Wada, Yoshie Terashima, Masayoshi Kawaguchi, Gaku Tokuda, Kazuhiko Kinjo, Shuji Shigenobu
DOI: 10.47371/mycosci.2021.11.001
【研究グループ】
基礎生物学研究所 進化ゲノミクス研究室、共生システム研究部門、琉球大学、和田匠平からなる研究チームによる研究成果です。
【研究サポート】
本研究は文部科学省科学研究費補助事業のサポートを受けて実施されました(課題番号15K07798:キノコ栽培を行うシロアリの菌床維持機構を制御する分子基盤)
【用語解説】
1)イケハラオオシロアリタケ
当グループのメンバーである北條と重信は、タイワンシロアリの巣の周辺に、当時まで知られていた日本のオオシロアリタケ属きのことは似ても似つかないほど小さいきのこが群生しているのを発見し、それまでシロアリの巣の菌糸のみが知られ、その子実体の実態が明らかでなかったオオシロアリタケ属菌(Aタイプと呼称されていた)であることを同定した。その成果は、2019年に以下の論文で報告した。
A new finding of small fruiting bodies lacking pseudorhiza of Termitomyces (Basidiomycota, Agaricales, Lyophyllaceae) associated with Japanese fungus-growing termite Odontotermes formosanus (Arthropoda, Blattodea, Termitidae)
Hojo,M. and Shigenobu,S.
沖縄生物学会誌(Biol. Mag. Okinawa)57?? 181 - 194?? 2019.09 [ Peer Review Accepted ]