研究成果

インドネシアの古代湖はメダカの進化のゆりかご ~スラウェシ島の湖で3種のメダカが同所的に種分化したことを証明~

 琉球大学の山平寿智教授、松波雅俊助教、木村亮介准教授、九州大学の楠見淳子准教授、龍谷大学の永野惇准教授、および国立遺伝学研究所の豊田敦特任教授らの共同研究チームによる研究成果が、進化学の国際学術雑誌「Evolution」誌に掲載されます。

<発表のポイント>
◆インドネシアのスラウェシ島の古代湖に生息する3種のメダカが、1つの湖の中で同所的に3種に分化したことを明らかにしました。
◆種の誕生=種分化は、通常集団が別々の場所に隔離されることが引き金となります。隔離を伴わない“同所的種分化”の実証例はこれまでに数例しか知られていませんでした。種分化の仕組みの一端を明らかにしたことは、地球上の生物多様性の成り立ちを知る上で重要な研究成果です。
◆メダカは日本が誇る生物学のモデル生物です。今後は、同所的種分化の原因遺伝子の特定など、モデル生物としての利点を活かした種分化研究の展開が期待されます。

 

①研究の背景
 新しい種の誕生様式:新しい種の誕生=種分化は、1つの種が地理的に2つの集団に隔離されることが引き金で起こると言われています。例えば、その2つの集団間で、大きな山や深い海などに阻まれて長い間遺伝的な交流がなければ、それぞれの集団は独自に進化して別々の種になることが考えられます。地球上のほとんどの種は、この“異所的種分化”により生じたと考えられています。一方、そうした地理的な隔離を伴わない種分化は“同所的種分化”(注1)と呼ばれ、非常に厳しい条件のもとでしか起こりえないことが理論的に予測されています。これまでに、同所的種分化の実例を野外で見つけ出そうとする研究が数多くなされてきましたが、同所的種分化を証明するために必要とされる基準(単系統性:注2、生殖的隔離の存在、過去の地理的隔離の皆無など)のいくつかは実証が非常に困難であるため、真に同所的種分化とされる例は、世界中でもこれまでにほんの数例しか知られていませんでした。

 多様なメダカの生息するスラウェシ島:インドネシアのスラウェシ島は、イギリスの博物学者アルフレッド?ラッセル?ウォーレスにちなんで名付けられた、ウォーレシア(Wallacea)という島嶼群の島の一つです。スラウェシ島は、ユーラシアプレートとオーストラリアプレートが衝突するテクトニクス活動の非常に活発な場所に位置しており、島の中央部には鮮新世から更新世(500万年前?100万年前)にかけて形成されたたくさんの構造湖/古代湖群が存在しています。またこの島は、メダカの仲間(メダカ科魚類)の多様性のホットスポットとしても知られ、この島だけで20種ものメダカ固有種が分布しており(日本は2種のみ)、多くの種が上の古代湖群に生息しています(図1)。


 ポソ湖のメダカ:特に、ポソ湖という琵琶湖の半分強の大きさの古代湖には、1つの湖だけで3種のメダカ(ニグリマスメダカOryzias nigrimas、オルソグナサスメダカO. orthognathus、およびネブローサスメダカO. nebulosus)が生息しており、3種が1つの湖の中で同所的に分化してきた可能性が、琉球大学熱帯生物圏研究センターの山平寿智教授らによって示唆されていました(図2)。しかし、3種が1つの湖に生息しているのは、それぞれが別々の場所に隔離されて種分化を遂げた後に、ポソ湖で二次的に接触しただけ(同じ場所にいるだけ)かもしれません。そうした可能性をひとつひとつ全て棄却していかなければ、3種が同所的に種分化したことを証明することはできません。今回、山平教授らの研究チームは、最新のDNAデータの数理的解析を用いることにより,その「同所的種分化の証明」といった難問にチャレンジしました。


②研究内容
 山平教授らの共同研究チームは、ポソ湖から採集してきた3種のメダカ計62個体、ならびにポソ湖から約65キロ東に位置するティウ湖という別の湖に生息するメダカ(ティウメダカO. soerotoi)20個体、計82個体のゲノムを、ddRAD-seq(注3)と呼ばれる次世代シーケンサーを用いた手法で調べ、3,188遺伝子座の計162,588塩基配列の情報を用いて以下の主に4つのことを明らかにしました。

(1)3種は共通の祖先種から分化:系統ネットワーク解析ならびに近隣結合法による分子系統解析(注4)の結果、ポソ湖の3種のメダカは単系統群を形成することが明らかになり(図3)、3種は共通の祖先種から分化してきたことが示されました。

(2)3種は生殖的に隔離した独立した種:主成分分析ならびに最尤法による集団遺伝構造解析(注5)の結果、3種は雑種を全く形成していないことが明らかになり、3種は生殖的に隔離した独立した種であることが示されました(図4)。

 

 

(3)湖内で(=同所的に)分化:集団動態履歴(注6)の解析によって、3種の分岐年代は30?65万年前と推定されました(図5)。また、3種の分岐に地理的隔離が関与したとする集団動態履歴モデルの尤度(尤もらしさ)は非常に低く、3種はポソ湖の誕生以降(100?200万年前以降)に、湖内で(=同所的に)分化したことが示唆されました。

(4)種間交雑による遺伝子浸透の痕跡:集団動態履歴の解析から、かつてティウ湖からポソ湖への大規模な移入が起こったことも明らかになり、種間交雑による遺伝子浸透(注7)が、ポソ湖の同所的種分化に何らかの影響を及ぼしたことが示唆されました(図5)。

 

③ おわりに
 種間交雑がキーポイント:同所的種分化の証拠がここまで明瞭に示された例は、世界中でもこれまでに数例しかありません。また、同所的種分化が起こりにくい大きな理由の一つに、種が2つに分かれていくために必要な遺伝的変異の不足が挙げられていますが、本研究によって、集団の外からの個体の移入による種間交雑とそれに伴う遺伝的変異の供給が、同所的種分化の引き金となった可能性が示唆されました。スラウェシ島のメダカ科魚類のホットスポットは、こうした種間交雑の繰り返しによって形成されたのかもしれません。

 同所的種分化の研究展開:メダカは日本が誇る遺伝学や発生学分野のモデル生物です。今後は、モデル生物としての利点を活かした研究の展開が大きく期待されます。例えば、人工授精でポソ湖の3種の雑種を形成すれば、同所的種分化をもたらした原因遺伝子が特定され、その遺伝子がポソ湖の外からやってきた可能性を直接検証することができるようになります。さらに、その原因遺伝子をターゲットにしたゲノム編集技術によって、実験室で同所的種分化を再現することも可能となることでしょう。またポソ湖には、上の3種のメダカの他にも、アドリアニクチス属という別属のメダカが4種生息しており、これら4種のメダカも湖の中で同所的に種分化してきたことが山平教授らによって予備的に解明され、ポソ湖はまさにメダカの進化のゆりかごであること明らかになりつつあります。

 アジアを代表する野外種分化研究のモデルシステムへ:同所的種分化は、東アフリカの大地溝帯の湖群にいるシクリッド科魚類が有名で(口内保育をする種がいることでも有名)、これまでに数多くの研究がなされてきました。しかしながら、スラウェシ島のポソ湖のメダカたちは、同所的種分化の実証研究を大きく前進させるアジア発の新しいモデルシステムとして、シクリッドをも凌駕する大きな可能性を秘めています。

 本研究は、先進ゲノム支援のサポートを受けておこなわれました。

<用語解説>

(注1)同所的種分化:通常、種分化は1つの種が地理的に2つ以上の集団に隔離されることが引き金で起こる。これを異所的種分化と呼ぶのに対し、地理的隔離を伴わない種分化を同所的種分化と言う。同所的種分化は非常に限られた条件でのみ可能であることが、理論的に予測されている。

(注2)単系統性:生物の分類群のうち、1つの仮想的な共通祖先とその子孫すべてを合わせた群は単系統群と呼ばれ、系統樹/系統ネットワークでいえば、1つの枝の全体に当たる。系統樹/系統ネットワーク上で複数の枝が一つの枝にまとまる状況を単系統的と言い、進化史の上では1つの共通祖先から各枝の種/集団へと分岐が起こったと考える。

(注3)ddRAD-seq:Double Digest Restriction Site Associated DNA Sequenceの略。ゲノムDNAを二種類の制限酵素で切断し、その末端にアダプターを付加したDNAをPCRで増幅し、その配列を次世代シークエンス技術で読み取ることでゲノムワイドな遺伝子型分析を行う技術。

(注4)分子系統解析:アミノ酸配列や塩基配列を使って、生物間または遺伝子の進化的道筋(系統)を解明する解析。いったん分岐した系統が交雑を起こさないと仮定して推定されるものが系統樹で、近隣結合法は系統樹推定の一つのアルゴリズムである。反対に、分岐した系統が交雑を起こすことを仮定した系統推定を、系統ネットワークと呼ぶ。

(注5)集団遺伝構造解析:集団内に見られる遺伝的分化を明らかにする解析。ポソ湖のメダカ3種が生殖的に隔離していなければ、3種は遺伝的に均質になるはずである。一方、3種が生殖的に隔離していれば、3種間で遺伝的な分化がみられることになる。対立遺伝子頻度のデータから、主成分分析や最尤法を用いて集団遺伝構造を解析する様々な手法が開発されている。

(注6)集団動態履歴:集団の分岐や集団サイズの変遷など、集団がたどってきた歴史のこと。デモグラフィーとも呼ぶ。ベイズ法や最尤法をベースに、デモグラフィーの様々なパラメータの推定や、複数のデモグラフィーを比較する手法が開発されている。

(注7)遺伝子浸透:遺伝的に異なった集団が二次的に接触し、交雑個体と親種との戻し交配が繰り返されることで、一方の集団内に他方の遺伝的特徴が混入していく現象。

<論文情報>
(1) 論文タイトル:Evidence for sympatric speciation in a Wallacean ancient lake
(2) 雑誌名:Evolution
(3) 著者:Nobu Sutra, Junko Kusumi, Javier Montenegro, Hirozumi Kobayashi, Shingo Fujimoto, Kawilarang W. A. Masengi, Atsushi J. Nagano, Atsushi Toyoda, Masatoshi Matsunami, Ryosuke Kimura, Kazunori Yamahira*
(4) DOI番号(doi:10.1111/evo.13821)
(5) アブストラクトURL(https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/evo.13821