研究成果

サンゴ保全のカギは陸域対策?― 陸域影響の新たな評価方法の確立 ― 目標14:海の豊かさを守ろう目標15:陸の豊かさも守ろう

     北里大学海洋生命科学部の安元剛講師、琉球大学農学部の安元純助教(総合地球環境学研究所)、琉球大学理学部の中村崇准教授、産業技術総合研究所地圏資源環境研究部門の飯島真理子研究員、地質情報研究部門の井口亮主任研究員らの研究チームは、石西礁湖(※1)のサンゴ礁保全を目的として人間活動の影響とサンゴ密度、白化、藻類被度との関係を、石灰質の底質に吸着しているリン(底質リン(※2):海水交換性リン酸塩EPS)を測定する新たな手法で調査しました。この研究は総合地球環境学研究所LINKAGEプロジェクト(※3)の一環として、環境省の石西礁湖サンゴ群集モニタリング調査(※4)のデータを活用して実施されました。調査の結果、底質中のリンが多いほど、サンゴの密度が下がり、白化が進む傾向がみられました。一方、底質リンはホンダワラ類などの海藻の増加とは正の相関がありました。この発見は、サンゴ礁の減少に人間活動が影響していることを数値的に評価し、陸域負荷対策へ重要な知見をもたらします。本研究成果は、Springer Natureが刊行する“Marine Biotechnology”誌に、2025年3月5日(日本時間)に掲載されました。なお、2025年3月7日に環境省国際サンゴ礁研究?モニタリングセンター(沖縄県石垣市)において記者会見を行いました。

    <研究成果のポイント>
    • 底質リンとサンゴ属別群体数の負の相関を発見
      底質リン(EPS)値が高い地点では、多くの属のサンゴ密度が有意に低いことが判明しました。特に、Acropora(ミドリイシ属)、Pocillopora(ハナヤサイサンゴ属)、Goniastrea(キクメイシ属)、Galaxea(アザミサンゴ属)の主要なサンゴはEPSの影響を受けやすいことが示されました。一方、Montipora(コモンサンゴ属)や Porites(ハマサンゴ属)は、EPSへの耐性が高いことが示されました。
    • サンゴ群体数を減少させる底質リン閾値の算出
      底質リンがサンゴ群体数を減少させる閾値は、統計学的手法で0.3–0.7 μg/gと推定され、特にGalaxea(アザミサンゴ属)では0.27μg/gという最も低い閾値が算出されました。サンゴは種類によって栄養塩に対する感受性が異なることが報告されていますが、本研究でも同様な傾向が見られました。また、稚サンゴのEPS閾値(0.45 ± 0.15 μg/g)は、成体サンゴ(0.57 ± 0.15 μg/g)より有意に低く、稚サンゴがより感受性が高いことが判明しました。
    • 底質リンとサンゴ白化と藻類増加との関連
      底質リン値が高い地点では、健康なサンゴ(白化していないサンゴ)が減少し、ホンダワラ藻類の被度が増加していました。これは、底質リン値の上昇が藻類の成長を促進し、サンゴの生息環境を悪化させている可能性を示しています。
    • 底質リンの起源とサンゴ保全に向けた対策
      底質リンの起源に関しては、農畜産業が盛んな地域やエビ養殖の排水のある沿岸域において閾値を遙かに超える地点が多数あることから、陸域の人間活動の影響が高いと推定されます。本成果は石西礁湖自然再生協議会において、多様な関係者間で共有されており、今後、持続可能な地域産業とサンゴ礁保全の両立に向けた取り組みの重要な基礎データとして活用される予定です。

    概要図

    <研究の背景>

     サンゴ礁は海洋生態系の中でも特に生物多様性が高く、漁業資源の供給や海岸の保護、観光資源として重要な役割を果たしています。しかし、近年の気候変動による海水温の上昇や沿岸開発などにより、世界中でサンゴ礁の衰退が深刻化しています。特に、日本最大のサンゴ礁海域である石西礁湖では、1998年の高海水温による大規模な白化現象を契機として、サンゴ群集の衰退が進んでいます。海水温以外にも、陸域から海域へ流入する栄養塩や有機物がサンゴの生育に負荷を与える可能性が指摘されていますが、その影響を定量的に調べる手法がなく、科学的な評価が難しいために陸域対策が不十分でした。そこで、本研究では陸域からの栄養塩負荷がサンゴ群集にどのような影響を及ぼしているかを明らかにすることを目的としました。表層海水は流動し定点別の評価が難しいため、石灰質底質に蓄積し、海水に溶け出してくるリン酸塩「底質リン:底質中の海水交換性リン(Exchangeable Phosphate in Seawater: EPS)」に着目しました。これと環境省のサンゴ群集モニタリング事業の継続調査による、サンゴの属別群体数や白化の程度、藻類被度との関連性を解析し、陸域由来のリンがサンゴ礁生態系に及ぼす影響を調査しました。

    <研究内容と成果>

     本研究では、日本最大のサンゴ礁海域である石西礁湖を対象に、継続調査している31地点におけるサンゴ群集の属別密度や白化状況、藻類被度と底質リンとの関係を解析しました。さらに、統計学的な手法を用いて、サンゴ群集の変化が顕著に表れる底質リンの閾値を算出しました。その結果、成体サンゴではAcropora(ミドリイシ属)、Pocillopora(ハナヤサイサンゴ属)、Goniastrea(キクメイシ属)、Galaxea(アザミサンゴ属)などの主要なサンゴは底質リンと有意な負の相関を示し、陸域活動の影響を受けやすいことが示めされました。一方、Montipora(コモンサンゴ属)とPorites(ハマサンゴ属)では有意な相関関係はなく、底質リンへの耐性が高いことが示されました。また、底質リンの濃度が高い地点では、サンゴの白化率が高く、特に "全体的に色が薄い"サンゴの割合が増加していました。一方で、ホンダワラ藻類の被度は底質リンと正の相関を示し、底質リンが増えると藻類が増加していました。さらに、統計解析により、サンゴ群体数の低下が急激に進む底質リンの閾値を算出しました。Galaxea(アザミサンゴ属)は0.27 μg/gという最も低い閾値で密度減少が確認され、底質リンへの感受性が最も高い重要な指標となり得ることが示されました。稚サンゴの底質リンの閾値(0.45 ± 0.15 μg/g)は、成体サンゴの閾値 (0.57 ± 0.15 μg/g)より有意に低く、稚サンゴは底質リンの影響をより受けやすいことがわかりました。
     底質リンの起源に関しては、農畜産業が盛んな地域やエビ養殖の排水のある沿岸域において閾値を遙かに超える地点が多数あることから、陸域での人間活動の影響が高いと推定されます。陸域からのリン供給が石西礁湖内の底質リンの上昇につながり、細菌、微細藻類、微生物の増加を引き起こし、サンゴ群集へ悪影響を及ぼす可能性を示しています。

    <今後の展開>
    ―持続可能な地域産業とサンゴ保全の両立を目指してー

     本研究の成果は、陸域由来の栄養塩負荷とサンゴ群集の変化を定量的に結びつけた点で新規性が高く、今後の沿岸管理やサンゴ礁保全の指標として、底質リンの活用が期待されます。継続的な底質リンのモニタリングを通じて、陸域対策の効果を評価し、より効果的なサンゴ保全策の実施に向けた科学的根拠を提供することに貢献しました。現在、底質リンがサンゴ群体数の減少を引き起こす詳細なメカニズムを解明し、底質リンの供給源となる河川や地下水(陸水)を介した栄養塩の海域への流入量を把握するため、陸水の水循環シミュレーションモデルを構築中です。さらに、本成果は、石西礁湖自然再生協議会にて多様な関係者の間で共有され、石垣市役場の「シン?サンゴレンジャー」の発足や竹富町の堆肥センター設置に向けた検討開始など、陸域負荷の低減に向けた取り組みへ波及しています。今後も、地域住民?関連事業者?行政?研究者が協力体制を構築し、陸域対策を取り入れた持続的な地域産業とサンゴ礁保全の両立を目指した取り組みを推進していく必要があります。



    図1 底質リン(EPS: μg/g)とサンゴ成体の属別群体数の関係を示したもので、底質リンの増加が特定のサンゴ属の群体数に与える影響を解析している。(a) 底質リンと負の相関を示したサンゴ属(薄青枠)。Acropora(ミドリイシ属)、Pocillopora(ハナヤサイサンゴ属)、Goniastrea(キクメイシ属)、Galaxea(アザミサンゴ属)は、底質リン濃度と有意な負の相関を示した。各グラフには、統計的に計算した閾値(μg/g)が示されており、この値を超えるとサンゴ密度の急激な減少が見られる。例えば、Galaxea 属は0.27 μg/g、Acropora 属は0.69 μg/gで密度が低下している。(b) 底質リンの影響が見られなかったサンゴ属(薄緑枠)。Montipora(コモンサンゴ属)や Porites(ハマサンゴ属)では、底質リンとの相関は統計的に有意でなかった。Porites 属は底質リン濃度が高くても密度が大きく変化しておらず、底質リンの影響を受けにくいことが示された。(c) 底質リン濃度が高いほど白化していない健康なサンゴの割合が減少し、ホンダワラ類の藻類が増加した。



    図2 各調査地点における主要なサンゴ属別の成体と稚サンゴの群体数を示している。棒グラフ(サンゴ属別の群体数)は、地点ごとのサンゴ群集の構成を示す。赤丸は、底質リン(EPS)値が高い地点を示し、青丸は、低い地点を示す。底質リン値が高い地点では、成体および稚サンゴの群体数が少なく、底質リン値が低い地点では群体数が多い傾向が見られる。

    <論文情報>
    1. 論文名:Coral Decline Linked to Exchangeable Phosphate in Seawater from Coastal Calcareous Sediments, as Evidenced in Sekisei Lagoon, Japan
      邦題名:石西礁湖におけるサンゴ衰退と沿岸域の石灰質底質中の海水交換性リン酸塩の関連
    2. 掲載誌:Marine Biotechnology
    3. 著 者:安元 純[1](琉球大学、総合地球環境学研究所)、飯島真理子[1](産業技術総合研究所)、井口 亮[1](産業技術総合研究所)、中村崇(琉球大学)、高田良悟(琉球大学)、廣瀬(安元)美奈(トロピカルテクノプラス)、岩崎雄一(産業技術総合研究所)、保高徹生(産業技術総合研究所)、安元加奈未(東京理科大学)、新城竜一[2](琉球大学、総合地球環境学研究所)、井出涼太(北里大学)、山崎ありす(北里大学)、水澤奈々美(北里大学)、大野良和(北里大学)、鈴木淳(産業技術総合研究所)、渡部終五(北里大学)、安元 剛(北里大学)
      [1]LINKAGEプロジェクト 共同研究員
      [2]LINKAGEプロジェクト プロジェクトリーダー
    4. DOI:10.1007/s10126-025-10412-5
    <用語解説>

    ※1:石西礁湖
    石西礁湖(せきせいしょうこ)は、日本最大のサンゴ礁海域で、沖縄県の石垣島と西表島の間に広がっています。温暖で透明度の高い海域に多様なサンゴ群集が分布し、多くの海洋生物の生息地となっています。しかし、海水温の上昇や陸域からの栄養塩?有機物の流入により、近年は白化現象やサンゴの衰退が進行しています。

    ※2:底質リン(海水交換性リン酸塩EPS)
    底質リンは、海底の石灰質堆積物に吸着し、海水と可逆的に交換されるリン酸塩(Exchangeable Phosphate in Seawater: EPS)を指します。陸域から流入した排水や化学肥料などのリン酸塩が海底に蓄積し、環境条件に応じて溶出や吸着を繰り返す特性を持ちます。底質リンの濃度が高まると、サンゴの成長や生存に悪影響を及ぼし、白化や密度の低下を引き起こす可能性があります。特に、成長の早いミド
    リイシサンゴやハナヤサイサンゴなどの属は底質リンの影響を受けやすく、底質リンの増加とともに密度が顕著に減少する傾向が確認されています。

    ※3:LINKAGEプロジェクト
    地球環境問題の解決をめざす国立の大学共同利用機関である、総合地球環境学研究所のプロジェクトの一つです。琉球弧や西太平洋の熱帯?亜熱帯に位置するサンゴ礁島嶼系において、陸と海の水循環を介したつながりや、暮らしの中で育まれてきた生物と文化のつながりや多様性、多様な資源のガバナンスの規範?組織?制度の変遷や重層性の解明を目的としています。得られた成果のつながりを可視化し、陸と海をつなぐ水循環を軸としたマルチリソースの順応的ガバナンスの強化をめざしています。プロジェクトの研究期間は2022?2026年です。

    ※4:石西礁湖サンゴ群集モニタリング調査
     環境省の石西礁湖サンゴ群集モニタリング調査は、日本最大級のサンゴ礁である石西礁湖の現状を把握し、保全や再生のための科学的データを収集する目的で実施されています。調査は31地点で行われ、(1) サンゴの被度や種構成の変化を観察する調査、(2) サンゴ幼生の定着状況を確認する調査、(3) 新たに加入した稚サンゴの数を調べる調査、(4) 特定のサンゴ種の成長や分布を詳しく調べる調査、(5) 白化現象の発生状況を種ごとに記録する調査、(6) 広範囲のサンゴの状態を効率的に確認するスポットチェック調査、(7) 水温、透明度、流速などの海洋環境データを継続的に記録する調査が行われています。これらのデータを基に、石西礁湖のサンゴ礁の変化を把握し、科学的根拠に基づいた保全対策の検討に役立てています。

    <研究資金>

     本研究の一部は、(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20194007、JPMEERF20221CN1)、(独)日本学術振興会(JSPS)の科研費(19K12310、20H03077、20H00653)、国立研究開発法人産業技術総合研究所?環境調和型産業技術研究ラボ(E-code)、総合地球環境学研究所のLINKAGEプロジェクト(RIHN14200145)、国立研究開発法人 新エネルギー?産業技術総合開発機構(NEDO)の支援を受けて実施しました。