2018 年 4 月 17 日
国立大学法人 琉球大学
国立大学法人 千葉大学
国立研究開発法人 農研機構
オスを抹殺する細菌にあらがう昆虫:抵抗性進化を観測
<概要>
林正幸(はやしまさゆき)日本学術振興会?特別研究員(元千葉大学園芸学部,現在琉球大学農学部所属),野村昌史(のむらまさし)千葉大学園芸学部?准教授,陰山大輔(かげやまだいすけ)農研機構生物機能利用研究部門?上級研究員の研究チームは,カオマダラクサカゲロウという昆虫の一種に“オス殺し細菌”スピロプラズマが高頻度で感染しており,オスが極端に少ないことを明らかにしました.さらにその 5 年後に再度調査を行ったところ,クサカゲロウがオス殺しに対する遺伝的抵抗性を迅速に進化させたために,野外集団のオスが復活したことをつきとめました.この研究成果は,性を操る細菌と宿主のあいだで生じる進化的軍拡競争の直接的な証拠を提示するものになります.
本研究成果は,日本時間 2018 年 4 月 18 日 8 時以降に,英国王立協会紀要 Proceedings of the Royal Society of London B: Biological Sciences にオンライン掲載されます.
<本研究成果のポイント>
? 2011 年の千葉県松戸市のカオマダラクサカゲロウ集団は,オスのみを特異的に殺す(オス殺し)細菌スピロプラズマに高頻度で感染しており,集団中の性比が極端にメスに偏っていた.
? 2016 年の同集団では,スピロプラズマ感染率は高い水準で維持されていたが,オス殺しが生じなくなっていた.
? 交配実験などにより,クサカゲロウがオス殺しに対する遺伝的抵抗性を獲得し短期間のうちに集団中に広まった(つまり,抵抗性が急速に進化した)ために,オスが復活した(性比がほぼ1:1になった)ことがわかった.
? 本研究は,細菌の生殖操作に対する宿主の抵抗性進化を観測した数少ない実証例である(世界で二例目)。
<論文情報>
掲載誌:Proceedings of the Royal Society of London B: Biological Sciences(英国王立協会紀要)
掲載予定日時:2018 年 4 月 18 日 8 時以降
論文タイトル:Rapid comeback of males: evolution of male-killer suppression in a green lacewing population.
著者:Masayuki Hayashi, Masashi Nomura, Daisuke Kageyama
巻号:285 巻,1877 号 DOI:10.1098/rspb.2018.0369
<研究内容>
多くの昆虫の細胞内には,スピロプラズマなどの細菌が生息しています.これらの細菌は,メス親から卵細胞を介して子どもたちへと伝染していきます.一方,オス親から子どもに伝染することはほぼありません.そのため,一部のスピロプラズマは自身の都合の良いように宿主の生殖システムを操作することが知られています.“オス殺し”はその生殖操作のひとつであり,感染したメスの産む子どものうちオスのみが幼少期に全て死滅する現象です.スピロプラズマにとって役立たずのオスを抹殺することで,感染メスにエサなどの資源が行き渡り生存上有利になります.これによって,オス殺しは間接的にスピロプラズマの感染拡大に貢献していると考えられています.
当研究チームは,2011 年に千葉大学松戸キャンパス内で実施した調査により,カオマダラクサカゲロウ(図 1;以下,クサカゲロウと表記)という昆虫の一種にスピロプラズマが感染していることを発見しました(Hayashi et al.2016).スピロプラズマに感染していないメスを採集し,その子どもを成虫になるまで飼育すると,オスとメスがほぼ1:1の割合で産出されます.一方,スピロプラズマ感染メスも同じように卵を産みますが,子どもの死亡率が異常に高く,メスのみが成虫になりました.この感染メスに抗生物質を投与し除菌したところ,オスが産出されるようになりました.これらの実験から,スピロプラズマがクサカゲロウに対してオス殺しを引き起こしていることがわかりました.特筆すべきは,採集したメスのうち 74%もの個体がスピロプラズマに感染しており,野外集団の性比が極端にメスに偏っていたことです(オスの比率が 11%).
スピロプラズマのオス殺しによって「女社会」になったクサカゲロウ集団ですが,クサカゲロウはこのまま細菌にやられっぱなしなのでしょうか.私たちの研究チームは,もしクサカゲロウがオス殺しに対するなんらかの抵抗性を獲得すればそれは爆発的に集団中に広まっていくだろう,と進化理論をもとに予測しました.
そこで 5 年後の 2016 年,同キャンパスにて再調査を実施したところ,このクサカゲロウ集団は同種のスピロプラズマに相変わらず高い水準で感染していることがわかりました(感染率 64%).ところが驚くべきことに,スピロプラズマ感染の有無にかかわらず,全てのメスがオスの子どもを産出したのです(図 2).つまり 5 年前とは異なり,スピロプラズマはクサカゲロウに対してオス殺しを引き起こせなくなっていたのです.このスピロプラズマ感染メスに,2011 年に採集し累代飼育を続けてきた飼育系統のオス(オス殺しに対する抵抗性をもたないと仮定)を交配させる実験を行いました.その結果,1~2 世代の交配でオスの比率が極端に下がり,オス殺しが生じるようになりました.このことは,スピロプラズマはオス殺し能力を持ち続けているにもかかわらず,2016 年のクサカゲロウにはオス殺し能力を発揮できないことを示しています.つまり,2016 年のクサカゲロウにはオス殺しに対する遺伝的抵抗性が備わっていることがわかりました.また,2011 年にはたったの 11%しかいなかったオスですが,2016 年には 38%にまで回復していました.クサカゲロウがオス殺しに対する遺伝的抵抗性を獲得し,5 年という短期間のうちに集団中に広まったために,オスが復活したと考えられます.
本研究は,宿主の生殖を操作する利己的な細菌に対する,宿主側の急速な進化を観測したものです.このような抵抗性の進化は,サモア諸島のリュウキュウムラサキという蝶でのみ知られており(Charlat et al. 2007),本研究が世界で二例目の発見になります.昆虫と細菌の進化動態が急速であるがゆえに,我々研究者はこの変化を捉えにくいのかもしれません.我々が思っている以上に,身近な自然環境においても常日頃から昆虫と細菌のあいだでドラマチックな進化的軍拡競争が生じていると考えられます.
【参考文献】
Hayashi M, Watanabe M, Yukuhiro F, Nomura M, Kageyama D (2016) A nightmare for males? A maternally transmitted
male-killing bacterium and strong female bias in a green lacewing population. PLoS ONE 11: e0155794
Charlat S, Hornett EA, Fullard JH, Davies N, Roderick GK, Wedell N, Hurst GDD (2007) Extraordinary flux in sex ratio.
Science 317: 214–214.
<研究サポート>
本研究は,JSPS 科研費(16K08106, 17J04148)の助成を受け実施されました.
<研究内容に関する問い合わせ先>
琉球大学 林 正幸 研究員 農研機構 陰山 大輔 上級研究員 千葉大学 野村 昌史 准教授
Email:kichomen_h@hotmail.com Email:kagymad@affrc.go.jp Email:nomuram@faculty.chiba-u.jp
図1 カオマダラクサカゲロウのメス成虫(A),オスの羽化(B).
図2 採集したメスのカオマダラクサカゲロウのスピロプラズマ感染状況と,その子供の性比.
メス親が産んだ子どもを成虫になるまで全て育て,その兄妹の性比を調べた.“メスのみ”はメスしかいなかった家族,“メスバイアス”はオスも含まれたがほとんどがメスだった家族,“通常性比”はオスとメスが1:1の割合だった家族を示す.2011年では,多くのスピロプラズマ感染メスはオスを産出しなかった(A).2016年では,スピロプラズマに感染していても全てのメスがオスを産出した(B).