研究成果

高水温にさらされたサンゴは熱に強い子供をより多く作る? ?通常よりも多くの卵を作り、その卵から発生した幼生は熱耐性をもつ?

 琉球大学理工学研究科大学院生のSanaz Harzrati氏及び熱帯生物圏研究センターの守田昌哉准教授らの共同研究グループは、ミドリイシ属サンゴ(ウスエダミドリイシ、以下サンゴ)が、夏場に高水温を経験すると、次の年の産卵期には1) より多くの卵を作り、2) 浮遊?定着幼生は、より高水温耐性を示すことを発見しました。これは、沖縄で夏場に台風が少ない際に高水温を経験したサンゴ(白化しなかった群体)は、次の年に備えて高水温に対する準備をしていることを示しています。
 この成果は、サンゴ礁生態系の維持に欠かせないサンゴの高水温環境下における繁殖から幼生の加入、そして初期段階での生存率について明らかにしたもので、サンゴの生き残り戦略の一端が見えてきました。今後の高水温下におけるサンゴ礁生態系維持に関わる重要なトピックとなるでしょう。この研究成果は、現地時間2022年12月15日(英国時間15:01)にCommunications Biology誌に公表されました。


ウスエダミドリイシ

<発表概要>
研究のポイント
1)1週間程度の高水温を経験したサンゴ(ウスエダミドリイシ)は多くの卵を作る
2)高水温を経験したサンゴ由来の卵と精子から発生した幼生は高水温耐性をもつ

 琉球大学理工学研究科大学院生のSanaz Harzrati氏、熱帯生物圏研究センターの守田昌哉准教授らの共同研究グループが、造礁サンゴであるウスエダミドリイシAcropora tenuisを用いて、夏場の高水温(平均水温よりも2度以上高い31度を1週間)を経験したサンゴ群体が、次の年の産卵に向けてより多くの卵を作り、そしてこの卵由来の幼生が高水温耐性を持つことを明らかにしました。

研究の背景:先行研究により幼生自体の高水温に対する影響や、高水温を経験するとその後の卵や精子(以下、配偶子)形成に影響が及び次の年に放出される配偶子の数が変化することは報告されていました。しかしながら、高水温を経験した親から子への連続した影響は報告がありませんでした。

実験方法:本研究では、夏場に1週間にわたり高水温を経験した群体の次の年の産卵から配偶子を採取し、その配偶子から生まれた幼生の高水温に対する挙動を調べました。また、群体を二つに分けて比較(高水温と野外温度)したため、遺伝的な差異も考慮することができました。

 はじめに分割した群体それぞれを、8月に野外の温度(~27.5度)または高水温(31度)に1週間暴露しました。そして、それらの群体を野外環境下に戻しその次の年の産卵を待ちました。次の年に産卵した群体より配偶子を採取し、それぞれで幼生を作り高水温に対する影響を調べました(図1)。

(結果1)卵数の増加:実験の結果、卵のサイズを小さくして数を増やすことが明らかになり、卵を作るエネルギー投資を大きく変えることなく、高水温環境に対してより強い幼生を生み出す巧みな戦略を持っていることが判明しました。
 高水温に曝露された群体は、対照群(通常温度での群体)と比較して、サイズは小さいがより多くの卵を作ることが判明しました(図2)。また、高水温暴露群では、対照群より群体内の共生藻数が減少したことが明らかになっており、共生藻の減少が引き金となり卵形成が影響を受けた可能性があります。

(結果2)幼生の高い生存率:高水温暴露群と対照群の配偶子由来の幼生の水温に対する影響も調べました。幼生実験期間(21日間)では、対照群の温度においては対照群由来と高水温由来の幼生の生存率に差異はなく、一方で高水温下では高水温下由来の幼生が高い生存率を示しました。着底後も、高水温由来の幼生が高い生存率を示しました(図3)。

卵を小さくするという生殖戦術:今回の研究結果で特に興味深いことは、10日間にわたり高水温に晒されると、明確に白化しないのにも関わらず、サンゴ自身はその次の年の繁殖時に生殖戦術を変えるということです。高水温を経験した群体では、卵のサイズが小さくなってしまうためにエネルギー源の一つの脂質量が減少し、幼生浮遊期の生存に影響が出ることが予想されます。しかし、本研究では高水温曝露の翌年が平均水温だった場合、浮遊期も定着後も対照群とは生存率などに大きな違いは見られなかったため、小さな卵であっても問題ないと考えられました。さらに、平均水温と比較して高水温下の幼生は、短い浮遊期間で定着することが先行研究によって報告されているため、多くの脂質量を必要としないことも推察され、高水温になった翌年が、高水温であっても平均水温であっても、高水温曝露後の次世代の幼生は生き残ることができると考えられます。

サンゴ礁生態系の回復力(レジリエンス):研究対象種であるウスエダミドリイシを含むミドリイシ属サンゴは、サンゴ礁を形成し、多様な生態系を支える必要不可欠な種です。サンゴ礁生態系は、常にサンゴによる繁殖から幼生の加入を通じて維持されています。しかし、夏場の高水温によって引き起こされる細胞内共生藻の減少による白化現象により誘導されるサンゴの死滅により、急激に生息数?域が減少していると報告されています。一方で、沖縄島では、1998年の大規模白化で甚大な被害を受けたミドリイシ属を含む様々なサンゴがおよそ20年かけて回復してきている海域もあります。これは、サンゴの幼生加入そして成長が深く関係したサンゴ礁生態系の回復力によるものと考えられます。このようなサンゴ礁生態系の回復力をresilience(レジリエンス)と呼びます。本研究で明らかになった、ウスエダミドリイシが夏の短期的な高水温を経験すると危機を察知し、翌年の繁殖のために高水温に強いより多くの子を生み出すことは、そのresilience(レジリエンス)に直結する戦略をサンゴが持っていることを示しています。

<論文情報>
論文タイトル:Adaptations by the coral?Acropora tenuis?confer resilience to future thermal stress
(ウスエダミドリイシの適応は高水温下におけるサンゴ礁の復元力を与える)

学術誌名: Communications Biology 5 1371 (2022)

著者名:Sanaz Hazraty-Kari1,*, Parviz Tavakoli-Kolour1, Seiya Kitanobo2,Takashi Nakamura1,3, Masaya Morita3,*

サナス ハズラティ カリ*1,3、パービス タバコリ-クロウワ1,3、北之坊誠也2, ?中村崇1, 3、守田昌哉*1

1.琉球大学理工学研究科、2筑波大学下田臨海実験センター、3.琉球大学熱帯生物圏研究センター *責任著者

DOI:https://doi.org/ 10.1038/s42003-022-04309-5

URL:https://www.nature.com/articles/s42003-022-04309-5