現代を含む人新世は、自然破壊による地球史上6度目の大量絶滅の時代になると懸念されます。自然資本である生物多様性は、サステナビリティの根源です。もはや、待ったなしの状況において、“自然の豊かさを取り戻す” ネイチャー?ポジティブへ向けた実効性のある活動が、民間企業にも求められています。 |
<発表概要>
問題の背景:生物多様性のマクロな実態がブラックボックスだった
「企業による自然に関する取り組み」あるいは「投資家による企業行動の評価」において、個々のビジネスが生物多様性に与える影響や貢献が、科学的に数値化され、同じ尺度「ものさし」で客観的に比較できることが不可欠です。残念なことに、今までは生物多様性の実態把握すら空間的な解像度が粗く、数値化が困難でした。これは、地球温暖化防止が数値ベースの目標を設定して取り組まれていることと、決定的な違いでした。大気中の二酸化炭素(CO2)濃度は数値的に定量でき、生態系(森林など)におけるCO2の隔離量や企業活動による排出量を物質量として正確に定量できます。だからこそ、CO2を削減する活動も経済的に価値付けでき、市場取引も可能なのです。一方、生物多様性の場合、マクロな実態、各場所の消失量(ロス)や再生量(ゲイン)を数値的に定量することができないため、実効性のある活動を計画立案できず、活動実績も主観的な評価(例えばPRやブランディングに頼った“やっている感”のアピール)に留まっていました。当然ながら、企業活動による生物多様性喪失、生物多様性保全再生への貢献が、市場で評価?価格設定され、取引されることも不可能でした。
金融世界大手のクレディ?スイスによる「生物多様性に関するファイナンスと投資」に関するレポートによると、大多数の投資家は生物多様性を考慮した投資行動の意志はあるが、以下3つの要因が生物多様性への関わりを阻んでいると指摘しています。1つ目は、生物多様性投資を推進するためのデータや指標がないこと、2つ目は、自然資本の価値評価ができないこと、3つ目は、民間企業の内部に生物多様性エキスパートが十分いないことです。これらの問題を、琉球大学理学部?久保田康裕教授と(株)シンクネイチャーの研究チームは、ブレークスルーしました。
具体的な解決方法(支援基盤)は、(1)生物多様性ビッグデータと機械学習(人工知能)を駆使することで、ある場所(面積)の生態系を保全再生した場合の生物絶滅の抑止効果(生物多様性のゲイン)、あるいは利用?開発した場合の生物絶滅リスクの増加(生物多様性のロス)を数値的に定量および、(2)生物多様性の高度専門家による、生物多様性投資に関するデータと指標の提供、自然資本の価値を評価する分析枠組みの構築です。これにより、科学的根拠に基づいて、ネイチャー?ポジテイブにするための実効性のある企業戦略を立案できます。
なお、生物多様性ビッグデータを基にした評価手法は、エコプロ2021(東京ビッグサイト:12月8日から10日)においても発表しました。同時に、積水ハウスから「5本の樹」計画の実効性評価として11月26日付けでプレスリリースが公開されています。(https://www.sekisuihouse.co.jp/gohon_sp/method/)
<内容>
生物多様性ビッグデータと人工知能を基にしたソリューション
企業の活動内容および活動場所は多岐にわたるので、ビジネスが生態系や生物多様性に与える影響(自然関連リスク)は業種や地域で異なります。このような個々の企業活動の自然関連リスクは、世界や日本を俯瞰したマクロな生物多様性の実態がブラックボックスだったために、統一的に定量評価することが不可能でした。この点、膨大な生物分布情報を人工知能で分析すると、野生生物(維管束植物?哺乳類?鳥類?爬虫類?両生類?魚類?サンゴ?貝類?甲殻類?昆虫等)の種分布を網羅的に地図化でき、生物多様性のマクロな実態を高解像度で把握し、あらゆる場所における企業活動のインパクトを比較可能にします。
図1と2に示したように、研究チームが開発した生物多様性地図システムJ-BMP(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)は、各地点の生物多様性の特徴(豊かさや希少性)や保全上の重要性を、その他の地点と比較して相対的に評価でき、各場所の自然を開発利用した場合のリスクを様々な指標値で評価します。
図1: J-BMPは日本全土?世界の生物分布や生物多様性の指標情報を網羅している
図2: J-BMPにおける生物多様性の保全利用に関する指標カード
企業活動が自然に与える影響をKPI化(課題を数値化)して評価
生物多様性の空間データをマクロ生態学の理論やシステム化保全計画法のアルゴリズム(分析手順や計算方法)で分析すると、あらゆる場所の生物多様性の価値や、生物多様性の保全効果と絶滅リスクを評価できます。これにより、企業活動が自然に与える「面積ベースの影響」を、生物絶滅リスク値、生物多様性消失量、生物多様性保全再生量などKPI化(課題を数値化)して評価できます(図3)。例えば、以下のような、企業活動の評価に適用できます。
事例1)ある企業が、ある場所(面積)に、樹木を植栽して生態系を再生した場合、その緑化事業による「生物絶滅の抑止効果」すなわち「生物多様性再生量(ゲイン)」の定量評価。積水ハウス「5本の樹」事業の実効性評価を参照(図4)(https://www.sekisuihouse.co.jp/gohon_sp/method/)。
事例2)ある企業が、企業独自の生態学的森林管理を実施した場合、その事業による「生物絶滅の抑止効果」すなわち「生物多様性再生量(ゲイン)」の定量評価。
事例3)ある企業が、沿岸海域で海草藻場の再生を実施した場合、そのブルーカーボン事業による「生物絶滅の抑止効果」すなわち「生物多様性再生量(ゲイン)」の定量評価。
事例4)ある企業が、熱帯林を伐採して原材料調達を行った場合、サプライチェーンによる「生物絶滅リスクの増加効果」すなわち「生物多様性の喪失量(ロス)」の定量評価。および、そのロスを緩和あるいはオフセットするためのサプライチェーン改善計画の立案。
事例5)ある企業が、里山を開発して再生エネルギー施設を建設した場合、その事業による「生物絶滅リスクの増加効果」すなわち「生物多様性の喪失量(ロス)」の定量評価。および、そのロスをオフセットする事業計画の提案。
事例6)沿岸海域を埋め立て開発した場合、その事業による「海洋生物絶滅リスクの増加効果」すなわち「海洋生物多様性の喪失量(ロス)」の定量評価。および、そのロスをオフセットするための事業計画の提案。
事例7)ある企業が、海域を開発して洋上風力発電所を建設した場合、その再生可能エネルギー事業による「海洋生物絶滅リスクの増加効果」すなわち「海洋生物多様性の喪失量(ロス)」の定量評価。および、そのロスをオフセットするための事業計画の提案。
図3:生物多様性に関する企業活動の評価法の概要
図4: 事例1、積水ハウスプレスリリースからの引用
民間企業の方々へのメッセージ
グローバルに展開する企業は、各々のビジネスを通じて、地球環境問題を改善するチャンスを有しています。私たち生態学者は、サイエンスを基に、現実的かつ効果的なソリューションを提供します。自然に関わる企業の取り組みとその実績をKPI化(数値化)し、様々なアクションの実効性を比較可能にします。生き物の分布、生き物の遺伝子、生き物の機能、生き物の食う食われる関係を網羅した生物多様性ビッグデータは、積水ハウス「5本の樹」事業の評価事例のように、ビジネス活動がダイレクトに自然資本の保全再生に貢献することを明らかにします。相反するように見える経済収益活動と生物多様性の保全再生活動は、お互い科学的に調和され、ビジネスを通じたネイチャー?ポジティブ、社会変革を推進するでしょう。
今後の展開:企業のESG活動の科学的評価枠組み構築を目指す
東アジア島嶼の日本は、世界的な生物多様性ホットスポットの一つとしてリストされ、国全体がホットスポットの中にすっぽりと収まっています。また、日本の企業は国際的なサプライチェーン(製品の原材料調達から製造、消費までの一連の流れ)を通して、地球上の生物多様性と深く関わっています。生物多様性をいかにして未来に引き継いでいくのか、生物多様性の保全計画が試されている国が、日本なのです。このような背景と観点から、琉球大学理学部?久保田康裕教授と(株)シンクネイチャー(https://thinknature-japan.com 久保田教授の研究を基に設立されたベンチャー)の研究チームは、生物多様性の起源と維持に関するマクロ生態学的な研究を行い、基礎研究の成果を基に、生物多様性の保全再生計画の社会実装を推進しています。今回開発した「ビジネスセクター向けネイチャー?ポジテイブ活動支援ツール」は、企業のESG評価の核心的パーツとなり、企業の自然関連事業を実効性という観点で統一的に財務価値化することを可能にし、日本発の国際的評価枠組みやルールメイキングを推進します。
評価事例と関連論文
積水ハウス「5本の樹」の生物多様性再生の実効性評価.
【URL】https://www.sekisuihouse.co.jp/gohon_sp/method/
【関連動画】都市の生物多様性とネイチャー?ポジティブ ~積水ハウス 「5本の樹」計画~ https://youtu.be/uWwpu18gxd8、都市の生物多様性フォーラム 「5本の樹」で実現する豊かな暮らしhttps://youtu.be/4UGwwgmQ_PU
【タイトル】Area-based conservation planning in Japan: The importance of OECMs in the post-2020 Global Biodiversity Framework
【著者】Takayuki Shiono, Yasuhiro Kubota, Buntarou Kusumoto
【雑誌】Global Ecology and Conservation
【DOI】doi.org/10.1016/j.gecco.2021.e01783
【URL】https://doi.org/10.1016/j.gecco.2021.e01783
【タイトル】Spatial conservation prioritization for the East Asian islands: A balanced representation of multitaxon biogeography in a protected area network.
【著者】Lehtom?ki J., Kusumoto B., Shiono T., Tanaka T., Kubota Y., Moilanen A.
【雑誌】Diversity and Distributions
【DOI】doi.org/10.1111/ddi.12869
【URL】https://doi.org/10.1111/ddi.12869
【タイトル】生物多様性の保全科学:システム化保全計画の概念と手法の概要.
【著者】久保田康裕、楠本聞太郎、 藤沼潤一、塩野貴之
【雑誌】日本生態学会誌
【DOI】doi.org/10.18960/seitai.67.3_267
【URL】https://doi.org/10.18960/seitai.67.3_267
【タイトル】生物多様性の保全利用計画をビッグデータ分析で革新する.
【著者】久保田康裕
【雑誌】國立公園783、21-25.自然公園財団
【URL】https://ci.nii.ac.jp/naid/40022245648/
【タイトル】ポスト2020生物多様性枠組の保全計画 ビッグデータを基にした保護地域とOECMの実効性評価
【著者】久保田康裕
【雑誌】國立公園(794), 24-27. 自然公園財団
【URL】https://ci.nii.ac.jp/naid/40022634478/
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